2022.7.13 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

欧州(EU)でGAFA規制を想定した「デジタル市場法(DMA)」に関係者が暫定合意

1. はじめに

2022年3月から4月にかけて、Google、Amazon、Facebook(Meta)、Apple(以下「GAFA」と総称)などに代表される、グローバル規模の大規模プラットフォーム事業者に対する規制に関して、欧州で大きな動きが発生した。すなわち、欧州連合(EU)において、2020年12月から審議が続いてきた、以下の2つの画期的なプラットフォーム規制法案が大筋合意に達したのである。

【表1】EUのDMAとDSA

【表1】EUのDMAとDSA
(出典:EUの各種発表資料から筆者作成)

表2のとおり、両法案は2020年12月に欧州委員会(EC)が草案を起草し、全加盟国の主務大臣から構成されるEU理事会(The Council of the European Union:以下「CoEU」)及び欧州議会(European Parliament:以下「EP」)に審議を付託していた。その後、CoEUとEPは1年以上に及ぶ自組織内の審議と両者間の意見調整を経て、2022年3月24日には「デジタル市場法(以下「DMA」)」について、また、同4月23日には「デジタルサービス法」(以下「DSA」)について、修正された法案内容に合意した。ただし、この合意は暫定的なものであり、法案は文面(言い回し)の調整などを施された後、CoEU及びEPが正式な採択を行って成立する。EUはその時期をDMAについては「2022年の9月もしくは10月」と説明している。さらに、その施行(適用)には正式採択より数カ月から十数カ月を要するため、DMAの施行は2023年の1~3月頃、DSAは2024年の初頭前後になると見込まれている。

【表2】EUにおけるDMAとDSAのスケジュール

【表2】EUにおけるDMAとDSAのスケジュール
(出典:EUの各種発表資料から筆者作成)

このように、両法が実際に適用されるのはまだ半年~1年半も先のことであるが、今回のCoEUとEPの暫定合意で法律の規定は大筋で確定したため、世界中のメディアが大きな報道を行った。日本の例を紹介すると、DMAに関しては、朝日新聞(2022年3月25日)が「EU、巨大IT規制に合意 自社の製品・サービス優遇を制限、罰金も」と伝え、DSAについては日本経済新聞(同年4月23日)が「巨大ITに包括規制、EUが合意 違法コンテンツに対応義務」と報じた。日経紙はDMAに関して、同年3月28日に「EUの新法は巨大IT規制の試金石だ」という社説まで掲載している。

以下、本稿では、EUのプラットフォーム規制全体におけるDMA、DSAの位置づけを確認し、その簡単な内容(EC草案ベース)を説明する。その上で、今回は焦点をDMAに絞り込み、EC草案の主要ポイントがCoEU、EPの審議の過程でどう修正されたかを確認する。それにより、プラットフォーム規制の争点が何であるかを明らかにし、今後の日本におけるプラットフォーム規制議論の参考となることを期待する。

(参考文献)DMA法案
EC草案(2020.12.15)
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT /PDF/?uri=CELEX:52020PC0842&from=en

暫定合意後の最新法案(2022.5.11EU発表、2022.6.10閲覧)
https://www.consilium.europa.eu/media/56086/st08722-xx22.pdf

2. EUのプラットフォーム規制の構造とDMA/DSAの位置づけ

一般に、政府が導入する政策(法規類)は、「特定分野(通信、運輸、金融など)に固有の規制か、それとも、分野横断的な規制か?」という視点と、「事前に行動を制約する規制(=事前規制)か、それとも、問題行為が発生した時点で摘発する規制(=事後規制)か?」という視点で大別される。日本の法律で言えば、電気通信事業法は「分野固有の事前規制」であり、個人情報保護法は「分野横断的な事前規制」である。それに対して、独占禁止法は「分野横断的な事後規制」である。その区分に従うと、今回のEUのDMA、DSAは「プラットフォーム分野に固有の事前規制」に該当する。

従来、EUを含む主要国では、プラットフォーム規制は競争法(反トラスト法、独禁法)による事後的な摘発が一般的であり、事前に事細かに禁止行為を定める分野固有の事前規制の導入は例外的であった。しかし、EUがDMA、DSAによりプラットフォーム市場に包括的で厳格な事前規制を導入したことから、世界中が大いに注目する事態となっている。DMA、DSAの導入以前から、EUはプラットフォーム事業者の行動に厳しい対応を取ることで知られていた。その典型は、競争法による審査、摘発である。競争審査が特に厳しくなったのは、現在のEC上級副委員長のMargrethe Vestager氏(元デンマーク副首相)が、2014年に競争政策担当委員に就任して以降である。同氏は、日経ビジネス誌(2020年1月3日)が「『GAFAの天敵』、欧州委ベステアー委員が語った信念」という特集を組むほど、世界の大手プラットフォーム事業者から恐れられている。2019年には、EU史上初めて競争政策担当委員に再任されたこともあり、プラットフォーム規制に細部まで精通している。

【写真1】DMAの内容で暫定合意したことを発表するEU幹部(2022年3月25日)
(出典:ECのプレス向け写真)

ECの競争法データベースで2022年5月時点のGAFAに対する審査件数を確認すると表3のとおりである。ここで、「反トラスト」は反競争的行為の調査を、「国家支援」は加盟国による不当な優遇措置(税優遇など)の調査を、そして、「M&A」は合併審査を意味する。反トラストと国家支援は、疑われる違法行為の調査を実施した結果、「問題なし」とされる場合もあるが、厳しい是正措置や制裁金が科されることもある。ECのGAFA関連の反トラスト事案でとりわけ有名なのは、Googleに対して2017年から2019年に行われた3件の審査において、総額82.5億ユーロ(約1兆円)に達する巨額の制裁金が科されたことである。いずれのケースも、Googleの検索エンジン分野における市場支配力の濫用が競争法違反とされた。

【表3】ECによる競争法の審査対象となったGAFAの事案(2022年5月現在)

【表3】ECによる競争法の審査対象となったGAFAの事案(2022年5月現在)
(出典:ECの「Competition Policy」サイトから筆者作成)

ECの最も新しい反トラスト事案は、2022年5月2日に発表された、Apple端末(iPhoneなど)のモバイル決裁サービスに関するものである。ECは、Apple Pay以外の利用を制限するなどの行為が市場支配的地位の濫用であると暫定的に認定し、その見解をAppleに通知した。Appleは問題行為の是正を行う猶予期間が与えられるが、もし、是正に応じない場合には、競争法違反と正式認定されて制裁金を科される可能性がある。

以上のように、競争担当のVestager委員は2014年以降、事後規制(競争法)の執行で非常に厳しい姿勢を取り続けてきたが、それだけではGAFAの取り締まりには不十分だと考え、2018年頃から事前規制の法規類の整備に本格着手してきた。その集大成とも言えるのが、2020年12月にECが草案を採択したDMAとDSAなのである。

3. DMAのEC草案の概要と主な修正点

ECが2020年12月に採択したDMAとDSAの当初法案のポイントは表4のとおりである。ここで「ビジネスユーザー」とは、「エンドユーザー」に製品・サービスを提供する目的で、「コアプラットフォーム・サービス(CPS)(後述)」を利用して商業的、専門的な活動を行う者を指す。

【表4】ECがDMA、DSAの草案(2020年12月15日)で提案した規定 (その後、暫定合意で一部が修正されていることに注意)

【表4】ECがDMA、DSAの草案(2020年12月15日)で提案した規定
(その後、暫定合意で一部が修正されていることに注意)
(出典:EC発表(2020.12.15)内容から筆者作成)

以下、本稿では、DMAのEC草案の概要について、CoEUとEPが行った修正に言及しながら説明を行う。紙面の関係もあり、DSAの詳細に関して本稿ではこの表以上の説明を行わないが、本誌『InfoCom T&S World Trend Report』2021年7月号に掲載された「EUのデジタルサービス法案の概要・検討状況と日本のデジタルプラットフォーム規制との関係」(2021年6月28日)に説明が詳しいので、そちらを参照されたい。

(1)DMAの規制対象

ア)EC草案(2020.12.15)の規定

DMAの規制対象サービスは「コアプラットフォーム・サービス(CPS)」と呼ばれる、以下の8種類のサービスである。ここで、①は電子商取引のようにオンラインで商品やサービスの情報を交換するサービスであり、④はSNS、⑥はスカイプやSNSなどのアカウントを使った通信サービスである。

  1. オンライン仲介サービス
    (online intermediation services)
  2.  オンライン検索エンジン
    (online search engines)
  3.  OS(operating systems)
  4.  オンライン・ソーシャル・ネットワーキング
    (online social networking)
  5.  映像シェアリング・プラットフォーム・サービス(video sharing platform services)
  6. 電話番号を使わない個人間通信サービス
    (number-independent interpersonal communication services)
  7. クラウド・コンピューティング・サービス
    (cloud computing services)
  8. 上記で提供される広告サービス
    (advertising services)

DMAが規制対象とする事業者は、これらCPSのいずれかを提供する者の中で、とりわけ規模の大きな、ECが「ゲートキーパー(門番)」と呼ぶ存在である。その基準は表4中の(ア)~(ウ)で示すように、売上高、時価総額、利用者数(ユーザー数)が突出していることだが、それがDMAは「GAFA狙い撃ち」と指摘される一因である。狙い撃ちの真偽は最後の「まとめ」で言及する。

イ)CoEUとEPの暫定合意(2022.3.24)における主な修正点

CoEUとEPの暫定合意では、CPSとして上記の1~8に「Web browsers」と「Virtual assistants」の2つが追加され、全部で10種類となった。Web browsersはウェブ・アクセスを可能とするソフトウェアであり、Virtual assistantsは音声、ビジュアル、文章などにより利用者の要求や質問を処理するソフトウェアを意味する。また、上記⑧の「advertising services」の頭に「online」が追加された。いずれも、CPSの範囲をより明確にして、ゲートキーパーの現実のビジネスからの漏れがないようにする措置だと思われる。

大きな変更が行われたのはゲートキーパーの基準数値である。重要なので条文(第3条)の該当部分をそのまま引用、翻訳すると下記のとおりである。(下線は筆者付記)

“….where it achieves an annual Union turnover equal to or above EUR 7,5 billion in each of the last three financial years, or where its average market capitalisation or its equivalent fair market value amounted to at least EUR 75 billion in the last financial year, and it provides the same core platform service in at least three Member States”

(筆者訳)「(前略)過去3年のそれぞれの会計年の年間のEU域内売上高が75億ユーロ以上、もしくは、前年の会計年における時価総額か同等の正当な市場価値の平均額が少なくとも750億ユーロ以上であり、少なくとも3カ国以上のEU加盟国で同一のコアプラットフォーム・サービスを提供している」

EC草案から追記・修正されたのが下線部分であるが、売上高が65億ユーロから75億ユーロに、また、時価総額が650億ユーロから750億ユーロに引き上げられ、より大規模な事業者をターゲットとする姿勢が示された。その他の追記により、「EU域内の売上高であること」、「3年の各年で満たすこと」、「CPSが同じ種類であること」などが明記された。

ゲートキーパーのエンドユーザーとビジネスユーザーの基準数値は、それぞれ4,500万人と1万社であり、EC草案と変わっていない。その細かなニュアンスは以下の条文(第3条)のとおりである。ここでも追記を下線で示しているが、月間エンドユーザー数が前年の会計年度の平均であることや、ビジネスエンドユーザーの計算方法が規則の付録(Annex)に記載されたことが分かる。

“…where it provides a core platform service that in the last financial year has on average at least 45 million monthly active end users established or located in the Union and at least 10 000 yearly active business users established in the Union, identified and calculated in accordance with the methodology and indicators set out in the Annex

(2)DMAの主な規制義務

ア)EC草案(2020.12.15)の規定

CPSを提供するゲートキーパーの主な規制義務について、表4では単に「ユーザーの正当な利益や利便性の保護」、「自社プラットフォーム上での自社サービスの優遇禁止」と書いたが、実際には、DMAの第5条に7項目(下記1〜7)、第6条に11項目(同8〜18)の計18項目に及ぶ詳細な義務が列記されている(両条文以外にも付属的な義務は存在するが本稿では省略)。第5条は常に課される義務であり、第6条は他条文の順守状況に応じて課される可能性のある義務という区分である。それらを簡単に列記すると以下のとおりであるが、個々の義務は原典ではそれぞれ数行にわたる条文で細かく例外条件などが規定されているため、細部を正確に把握したい場合には、冒頭にリンクを示したEC草案にあたって確認されたい。

以下18項目の主語は、いずれもゲートキーパーである。

  1. エンドユーザーの同意なしの個人データの結合の禁止
  2. ビジネスユーザーに対する他のオンライン仲介サービスの利用の容認
  3. ビジネスユーザーがゲートキーパーのCPSを通じて獲得したエンドユーザーに対して営業活動や契約締結を行うことの容認
  4. ビジネスユーザーがゲートキーパーに関する問題を当局に提起することの制限の禁止
  5. ビジネスユーザーにゲートキーパーのCPSの認証サービスの利用を要求することの禁止
  6. ビジネスユーザーやエンドユーザーに対して、あるCPSへのアクセス、サインアップ、登録を行うための条件として、他のCPSに加入、登録するように求めることの禁止
  7. ゲートキーパーが広告サービスを提供している広告主、出版者に対する、広告料金支払いや報酬に関連する情報の提供
  8. ビジネスユーザーの活動から生み出された非公表データを、そのビジネスユーザーと競争するために利用することの禁止
  9. エンドユーザーがCPSにプリインストールされたアプリをアンインストールすることの許容
  10. サードパーティーのソフトウェアをゲートキーパーのCPSのOSを通じてインストールし、そのCPSの指定する以外の方法でアクセスを可能とすることの容認
  11. サードパーティーのサービスや製品あるいはランキングサービスに対する、ゲートキーパー自身の同種サービス、製品の優遇の禁止
  12. エンドユーザーによるゲートキーパーのOSを利用した他のアプリやサービスへの変更や加入を技術的に制限することの禁止
  13. ビジネスユーザーや付属サービスの提供事業者に対する、ゲートキーパーと同様の他のOS、機器、ソフトウェアへのアクセスや相互運用性の担保
  14. 広告主、出版者に対するゲートキーパーの広告パフォーマンス測定ツールや関連情報への無料アクセスの提供
  15.  ビジネスユーザーやエンドユーザーが生み出したデータのポータビリティの担保
  16. ビジネスユーザーが生み出したデータに関する、当ビジネスユーザー自身(もしくはそれが認めた第三者)による無料アクセスの提供
  17. ゲートキーパーの検索エンジンによりエンドユーザーが生み出した、検索、クリック、閲覧などのデータに対する、第三者の検索エンジン事業者によるアクセスの提供
  18. ビジネスユーザーのアプリストアへのアクセスに対する公正で非差別的なアクセス条件の適用

イ)CoEUとEPの暫定合意(2022.3.24)における主な修正点

DMAのゲートキーパーの規制義務に関する原則は、暫定合意でも大きく変わっていない。ただし、上記の合計18項目の義務の構成(配置)や記述(表現)は、それなりに変更されている。それらの比較はかなり細かいものとなるし、今後の条文の文言の手直しの過程でさらに変更が予想される。また、現時点で公表されている義務が発効しているわけでもない。したがって、EC草案との比較は正式にDMAが採択されて成立し、その内容が公表された段階で行うのが賢明である。本稿ではそのような理由により、個々の規制義務に関しては、これ以上の掘り下げた記述は行わない。

(3)DMAの制裁金と組織分離

ア)EC草案(2020.12.15)の規定

ゲートキーパーが前述の規制義務に違反した場合には、ECから制裁金が科される。その額は表4に書いたように、グループ全体の前年の年間売上高の最大10%と巨額である。また、適切な情報提供を怠った場合には、同様に最大1%の制裁金が科される。以上の制裁金は、その行為が意図的(intentionally)なのか、それとも怠慢(negligently)によるのかに関係なく適用される。

もし、ゲートキーパーの義務違反が体系的(システマティック)に行われている場合、ECはゲートキーパーに「行為的(behavioural)」もしくは「構造的(structural)」な是正措置(remedies)を科すことができる。これは、市場支配的な電話会社に従来から課されてきた「行為規制」、「構造規制」と類似の考えである。行為規制では、義務違反を防止するための様々な事前規制(料金規制や事業の会計分離など)が課される。それでも違反行為が是正されない場合には、対象事業者の市場支配的な組織を高いファイヤーウォール(隔壁)を設けて社内的に他の組織から分離する構造規制が求められる。最終的には、別会社として資本分離することが命令される可能性もある。電話会社に対する事前規制において、社内的な分離は「機能分離(functional separation)」という形でECの電気通信法に組み込まれているが、資本分離を命令する権限は規定されていない。DMAのゲートキーパーに対する構造的(structural)な是正措置では、機能分離(社内分離)や資本分離(別会社化)などの区別は明記されていない。ここで注意すべきは、DMAにおいて、行為規制の効果がないか、あるいは、ゲートキーパーにとって行為規制の方が構造規制よりも重荷が大きい場合にのみ、構造規制を課すことができると明記されていることである。規制対象の組織問題を扱う場合に慎重を期していることが良く分かる。

イ)CoEUとEPの暫定合意(2022.3.24)における主な修正点

暫定合意の制裁金に関しては、第30条に「Fines」として規定されている。違反の内容はEC草案と同じく2種類あり、規制義務に従わなかった場合は売上高の最大10%であり、各種の報告義務に従わなかった場合は最大1%である。この数値はEC草案と変わっていない。売上高の定義は重要なので下記に原文を転写するが、前年の会計年の世界全体の売上高であることが分かる。義務違反が意図的(intentionally)かそうでないかは区別していないが、最大10%までの幅で具体的な金額を決定する際に考慮されるのかもしれない。以上の考えは、報告義務違反(最大1%)についても同様である。

(規制義務に違反の場合)“...the Commission may impose on a gatekeeper fines not exceeding 10 % of its total worldwide turnover in the preceding financial year where it finds that the gatekeeper, intentionally or negligently, fails to comply with...”

また、暫定合意では、過去8年間に同じ義務違反を繰り返した場合には、最大20%までの制裁金を科すことができるという規定が追加された。GAFAの中で規模が最も大きいAmazonの2021年度(2021.1-2021.12)の売上高は約4,700億ドルであるから、その20%は日本円(1ドル=130円)にして12兆円を超える莫大な金額である。これは、EU加盟国で言えば、ルクセンブルクやブルガリアのような国々の名目GDPを上回っている。

義務違反が体系的に行われている場合の是正措置は、第18条に「Market investigation into systematic non-compliance」として規定されている。市場におけるゲートキーパーの行為の実態を調査し、違反が明確な場合には対処策として是正措置を導入する。措置が「行為的(behavioural)」と「構造的(structural)」に区分されている点はEC草案と同じである。ただし、草案の前文にあった「separation」や「divestiture」という用語は暫定合意では消えている。分離、分割を意味するストレートな言葉の使用に慎重を期している印象だ。他方で、EC草案にあった構造的な措置を取る際の「行為規制の効果がないか、あるいは、ゲートキーパーにとって行為規制の方が構造規制よりも重荷が大きい場合」という記述も消えている。行為規制か構造規制という選択は、公平性や必要性に応じて判断するという姿勢であり、その意味では構造規制を適用するハードルが下がったようにも見える。

4.まとめ

以上、本稿ではDMAのEC草案段階の概要を説明し、それがCoEUとEPの暫定合意でどのように修正されたのか見てきた。それらを一覧表の形で対比したのが表5である。

【表5】DMAのEC草案とCoEU/EP暫定合意内容の対比(主な修正点)

【表5】DMAのEC草案とCoEU/EP暫定合意内容の対比(主な修正点)
(出典:EC発表(2020.12.15/2022.3.24)内容から筆者作成)

総括すると、規制対象となるゲートキーパーの売上高などの基準を引き上げながら、違反が繰り返される場合は売上高の20%に達する新たな制裁金を導入している。その意味するところは、対象をより大規模な事業者に絞り込む一方で、悪質な違反にはより大きな制裁金を科すという姿勢である。GAFAにとってより厳しい内容になったという見方もできるだろう。

EUは認めていないが、DMAは本当にGAFA狙い撃ちなのか。EUで暫定合意が成立した翌日(2022年3月25日)、米国の有力なニュース放送局のCNBCが「EUが米国の巨大テック企業をターゲットに、その支配力を制限する新たな規則を導入(EU targets U.S. tech giants with a new rulebook aimed at curbing their dominance)」と報じるなど、米国側には狙い撃ちへの懸念が強い。CNBCは「Tech giants」とはGAFAだと書いている。そこで、以下、市場の実態に照らして検証を行ってみたい。DMAで規定されたゲートキーパー基準のうち、EU3か国以上でビジネス展開するプラットフォーム事業者のEU域内売上高の把握は関係者以外にとって難しい。しかし、時価総額750億ユーロ(約810億ドル:1ユーロ=1.08ドル)の企業を探すことは可能である。世界的な監査法人のPwCが2022年5月に発表した「Global Top 100 companies -by market capitalisation」によれば、2022年3月31日時点の時価総額の世界ランキングは表6のとおりである。6位までの企業が810億ドル以上であるが、Meta(Facebook)(第9位:605億ドル)は株価次第では基準を超える可能性がある。他方で、欧州最大規模のTechnology企業であり、CPSを提供するSAP(ドイツ)の時価総額がわずか137億ドルであることを考えると、やはりDMAは「GAFA+Microsoftが標的」と見られても仕方のない状況にある。

【表6】時価総額の世界ランキング

【表6】時価総額の世界ランキング
(2022年3月末時点)
(出典:PwC(2022.5)Global Top 100 companies -by market capitalisationから筆者抜粋)

日本でも、2018年頃からプラットフォーム規制の整備が本格化している。2021年には「特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律」と「取引デジタルプラットフォームを利用する消費者の利益の保護に関する法律」が相次いで施行された。前者では、「特定デジタルプラットフォーム提供者」として、ヤフー、楽天に加えて、Google、Amazon、Appleが指定されている。それからも推察されるように、日本の両法はDMA、DSAと共通する部分も多い。日本の関係当局が国内法の今後の改正や新規制定に向けて、EUのプラットフォーム規制の動向を凝視しているのは間違いない。

冒頭の写真のとおり、EUは2022年3月24日、関係者がDMAの暫定合意に至ったことを大々的に対外アピールした。そうであれば、今後、DMAの数値基準そのものが変わる可能性は少ない。しかし、規制義務を規定した条文の文面が推敲されていくことにより、義務内容のニュアンスが変化していく可能性はある。「The devil is in the details」という格言が示すように、法律の解釈を巡る議論や訴訟は往々にして、そのようなニュアンスの読み方を巡るものである。EU自身が予想する2022年9月もしくは10月のDMAの正式成立の暁には、日本の今後のプラットフォーム規制議論への示唆として、そのようなニュアンスも含めた詳細分析が再度必要になるだろう。

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。

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