MWC Barcelona 2023に見る世界の通信業界の課題

MWC Barcelona 2023が2月27日から3月2日に開催された。MWC Barcelonaは、かねてより、世界の通信業界の大手各社が参加する世界最大級のイベントとして注目を集めてきたが、2023年の開催について、主に通信事業者目線で振り返ってみたい。
帰ってきたMWC Barcelonaの賑わい
コロナ禍で中止となった2020年以来、同イベントは毎年少しずつ、オンライン中心に開催規模を拡張してきたが、今年は参加者数では2019年の規模の80%にまで回復し、現地はかつての賑わいを取り戻していた。
このイベントの主導的なスポンサーはかねてより世界の通信機器ベンダー大手であり、ここ10年は北欧勢「Ericsson」「Nokia」と中国「Huawei(華為技術)」の3社がその役割を担ってきた。とくに今回のHuaweiブースの規模は他を圧倒しており、展示ブースの規模が単に大きいというレベルではなく、1つのホールをまるごと貸し切りにしたような状況であった(写真1、2、3)。

【写真1】Huaweiブース
(出典:文中掲載の写真はすべて筆者撮影)

【写真2】Ericssonブース

【写真3】Nokiaブース
業界の課題は「5Gのマネタイズ」
MWC Barcelonaは、大手機器ベンダーが世界の通信事業者向けに売り込むための見本市であり、ブース展示はそのための各社のアピールの場であるが、一方で買い手である通信事業者は自社の取り組みや考えをブース展示を通じて披露している。それは売り手に対するものでもあるが、同じ立場の買い手同士の情報交換の機会でもあり、そのことは数多く行われる講演セッションに、通信事業者からも多数登壇があることからわかる。このように通信事業者には、この場を業界のトレンド作りの場としたい思いも見られる。
今回のイベントにて筆者はいくつもの講演セッションに参加したが、明らかだったのは通信業界の目下の課題が「5Gのマネタイズ」にあることだ。5Gが世界で商用展開されてから4~5年が経った。これまで、モバイル通信方式は約10年単位で世代交代してきており、今やその中間点に差し掛かろうというタイミングで未だにマネタイズが課題となっている状況を、通信業界としては何とか打破したい。こうした背景をこのイベントの主催者は理解しており、今回のテーマを「VELOCITY(速さ)」と表現してきた。5Gの普及も設備展開も通信速度も、おしなべて停滞しているという認識なのだろう(写真4)。

【写真4】MWC Barcelona会場入口
欧州大手通信事業者は、現状の事業環境の厳しさをキーノートスピーチにて表現してきた。通信事業者として新たな姿を目指そうとするDeutsche Telekom(ドイツテレコム)は、自社リソースをソフトウェア技術にシフトさせる方針をかねてから明らかにしてきたが、今年は欧州の通信事業者に対して「目を覚ませ」「存在感がほとんどない」「ぬるま湯から抜け出せ」と主張、現状への危機感を露わにしていた(写真5)。

【写真5】ドイツテレコムCEOのキーノート登壇模様
業界が期待する「ネットワークAPIの開放」
今回のイベントで通信事業者が手を組んで発表したのが、ネットワークAPIの開放の取り組みである。ネットワークAPIとは、通信ネットワークの機能へ、外部からインターネット上でアクセスできるようにするための機能である。スマホアプリや企業ソリューションといったソフトウェアが、通信ネットワークが提供してくれる機能や情報を活用できるようになるのである。今回発表されたのは、これを通信事業者が個々に提供するのではなく、欧州大手数社等が手を組んで、開発者がアクセスできるゲートウェイを一元的に提供するための「GSMA Open Gateway」イニシアチブだ。通信事業者ごとに異なるAPI仕様でかつアクセス先も異なっていては開発者やソリューションプロバイダーに使ってもらえない、という認識によるものである(写真6)。

【写真6】Telefonica幹部による登壇の様子
まず提供されるネットワークAPIは8種類。今後、さらに追加が期待される(表1)。

【表1】GSMA Open Gateway API一覧
(出典:「GSMA Open Gateway APIs」より https://www.gsma.com/futurenetworks/
gsma-open-gateway-api-descriptions/)
この中で、今回のイベントで多く展示されていたのが、通信ネットワークの速度をオンデマンドで制御できるAPI「QoD」(Quality on Demand)である。大画面で表示するときには高精細画像を、スマホで表示するときには画素数を抑えた画像を表示させることもできるようになる。動画を遅延なく表示させたい場合にはそのような制御も可能だ。こうした機能の開放が、通信事業者にとって新たな収益源となるかは不透明だが、講演セッションでは「ビジネスモデルはあとから考える、まずネットワークの機能を使ってもらうこと」という通信事業者側の考えが語られていた(写真7)。

【写真7】EricssonのQoDの展示
ネットワークAPIの開放の取り組みは10年前にも、米国AT&T等が開発者を呼び込むための開発環境として施設を設置するなどの動きも見られたが、その後は下火になっていた。今回の取り組みはその試みを再び、という形ではあるが当時との違いとして2点を挙げたい。
1点目は、当時は通信事業者によるインターネット陣営、とくにOTTプレイヤー対抗としての色が強かったが、今回はインターネット陣営の主役であるクラウド事業者大手が通信業界を支援する側にいることだ。アプリ開発者は、クラウド事業者大手が提供するAPIを利用して開発している。開発者がクラウド事業者にアクセスするのと同様に通信ネットワークにもアクセスするようになることを、通信事業者は期待したいだろう。
2点目は、インターネット側の開発リソースがテレコム側をサポートしてきていることだ。今回発表されたのは、通信業界団体GSMA(MWC Barcelonaの主催者でもある)が共通APIを提供する「GSMA Open Gateway」であるが、GSMAは1年前、2022年のMWC Barcelonaで、Linux FoundationとネットワークAPIに関する取り組みで提携を発表していた。オープンソースプロジェクト「CAMARA – The Telco Global API Alliance」である。CAMARAは利用者がどの国のどの通信ネットワーク上にいても、通信事業者の機能にアクセスできアプリを動かせるという、オープンかつグローバルなAPIソリューションの開発を目指しており、今回はこの延長線上での発表となる。
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