2023.7.13 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

通信ネットワーク事業者 vs. プラットフォーマー ~欧州のフェアコントリビューション(公平貢献)論争の現在地

1.欧州における通信ネットワークのコスト負担論争

欧州において、BT、Duetsche Telekom(DT)、Orange、Vodafoneなどの大手通信ネットワーク事業者(以下、「既存キャリア」)が、Google、Amazon、Facebook[1]、Apple(以下、「GAFA」)などに代表される大規模プラットフォーマーに対して、「通信ネットワークに多大なデータトラフィックで負荷を与えているのだから、ネットワーク投資コストの一部を負担すべきである」という主張を強めている。

筆者はその詳細を、本誌2023年1月号において「欧州で高まる通信ネットワーク投資コストの『フェアシェア(公平負担)』論争」というタイトルで執筆した。その後の半年間において、欧州委員会(EC)が本問題に関する諮問を実施するなど、いくつかの重要な動きがあったので、本稿で解説を行うこととする。なお、既存キャリアが従来使用してきた「フェアシェア(公平な負担)」という用語について、最近の欧州の議論では、より中立的なニュアンスの「フェアコントリビューション(公平な貢献)」という表現が用いられている。したがって、本稿も、今後はそれに従う。

最初に、フェアコントリビューション議論の概要を振り返り、前回の筆者記事以降の動きを確認しておきたい。既存キャリアの業界団体である「欧州電気通信ネットワーク事業者協会(European Telecommunications Network Operators' Association:ETNO)」は、フェアコントリビューションを、「ハイテク企業(筆者注:プラットフォーマー)がギガビットネットワークの開発に貢献すべきかどうかに関する、欧州連合(EU)の政策議論を指す」と定義している。同議論の背景や関係を略図化すると図1のとおりである。

【図1】フェアコントリビューション議論の構図

【図1】フェアコントリビューション議論の構図
(出典:筆者作成)

ここで、既存キャリアの具体的な要望事項を図2で確認しておきたい。プラットフォーマーを含むコンテンツプロバイダー(CP)と、既存キャリアに代表されるアクセスISPの間のインターネット相互接続の基本は、トランジット、ピアリングである。ISPの問題意識は、①着信トラフィック量が非常な勢いで増えている、②トランジット料金が下がり続けている、③ピアリングの発着トラフィックが不均衡(着信が激増)なのに十分な精算が行われず、原則無料のままである、という3点である。十分な着信料金の支払いが行われていないと不満を募らせるISPは、CP(プラットフォーマー)がトラフィックに応じて着側ネットワークに支払いを行う、「発側ネットワーク支払い(Sending Party Network Pays:SPNP)」制度の導入などを求めている。

【図2】インターネット相互接続(トランジット、ピアリング)とフェアコントリビューション問題

【図2】インターネット相互接続(トランジット、ピアリング)とフェアコントリビューション問題
(出典:IEEE(米国電気電子学会)(2017)“Peering vs. Transit: Performance Comparison of Peering and Transit Interconnections”をもとに筆者作成(日本語部分を追加))

欧州では、2021年頃から、既存キャリア、プラットフォーマー、規制機関の間で本問題を巡る駆け引きが続いている。その動向を整理したのが表1である。ここで、表中の記号(A)~(C)は以下に対応している。

(A) 既存キャリアのフェアコントリビューション要望(スピーチや共同声明)

(B) シンクタンクのフェアコントリビューション分析レポート(規制機関や既存キャリアが委託)

(C) EC、加盟国規制機関によるフェアコントリビューション問題の実態調査、規制手続き

以下、本稿においては、2023年に入ってから生起したフェアコントリビューション関連動向として、①2023年のMobile World Congress(MWC 2023)における既存キャリアトップによる要望、②ECが実施した情報・意見収集の諮問、③ドイツ独占委員会によるフェアコントリビューション批判の3点について、順に解説を行う。

2.MWC 2023における既存キャリアトップのフェアコントリビューション要望

フェアコントリビューション議論では、Deutsche Telekom(DT)のCEOであるTimotheus Höttges 氏が積極的に発言を行っており、2021年と2023年のMobile World Congress(MWC)の基調講演でも、コスト分担の要望を強く訴えかけた。同氏は2023年2月27日のMWC 2023において、図3のように、主要プレイヤーの時価総額を旗の面積で示したグラフを映写して、「時価総額の点で、EU Telecos(EU域内の電話会社、画面右下の白点線囲み)は、米国のHyperscaler(GAFA+Microsoft)よりも、はるかに小さい」、「これは、公平な競争環境ではない(“NO EQUAL LEVEL PLAYING FIELD”)」とアピールした。この図のうち、US TelcosはT-Mobile US(DT子会社)、Verizon、Comcast、AT&T、Charterの5社、EU TelcosはDT、Vodafone、Orange、Telefonica、Telecom Italiaの5社である(図3)。

【図3】DTのHöttges CEOがMWC 2023でGAFAM批判(2023年2月27日)

【図3】DTのHöttges CEOがMWC 2023でGAFAM批判(2023年2月27日)
(出典:MWC 2023事務局の公式ライブ配信動画より筆者作成)

【図4】MWC 2023でフェアコントリビューションを訴えるOrange CEOのHeydemann氏

【図4】MWC 2023でフェアコントリビューションを訴えるOrange CEOのHeydemann氏

同じMWC 2023では、フランスの既存キャリアであるOrangeのChristel Heydemann CEO(図4)もフェアコントリビューションに触れ、「フェアプレイのルールは、アンバランスな状況を認識することから始まる。最大のオンライントラフィックの創出者である5社[2]が、毎日の通信ネットワークの55%を使用している。この持続不能な状況をバランスさせるために、規制当局や政府立案者が果たすべき大きな役割がある(要約)」と述べている(図4)。

このような既存キャリア側の主張に対して、プラットフォーマー側もMWC 2023の場で反論を行っている。例えば、2023年3月10日付けのCNBCオンラインの記事「“Without us ‘there is no Google’:EU telcos ramp up pressure on Big Tech to pay for the internet”」は、Netflixの共同最高経営責任者(co-CEO)のGreg Peters氏が、「ハイテク企業がISP(Internet Service Provider)にネットワーク費用を支払うという提案は、インターネットトラフィックの『税金』であり、消費者に悪影響を与える」と発言したことを伝えている。

3.EUが実施したフェアコントリビューション諮問

(1)諮問の背景

ECは、2023年2月23日、欧州の電子通信インフラの将来に関する諮問(同年5月19日締切)を発表した。ここで、「電子通信(Electronic Communications)」とは「電気通信」と同義である。ECは同諮問のフェアコントリビューション部分の説明において、「この議論は、2022年のEUのデジタル権利と原則に関する欧州宣言(European Declaration on Digital Rights and Principles for the Digital Decade)に照らして見る必要がある。その宣言には、デジタルトランスフォーメーションから恩恵を受けるすべての市場関係者が社会的責任を負い、EUに住むすべての人々の利益のために、公共的な財・サービス・インフラのコストに公正かつ公平な貢献をすべきであるという声明が含まれている」と述べている。

ECの域内市場担当委員のThierry Breton氏(元France Telecom(現Orange)CEO)は、諮問開始日に行ったスピーチにおいて、「我々の目的は、必要に応じて、超高容量ネットワーク(Very High Capacity Network:VHCN)のより広範で迅速な展開を保証する、新たな貢献メカニズムを特定することである」と説明した。VHCNとは、EUが2018年に制定した新通信法である「欧州電子通信法典(EECC)」において導入した、超高速ブロードバンドの新たな概念である。それはすなわち、「サービス提供地域において、少なくとも顧客宅から配線ポイントまでが光ファイバー、もしくは、通常のピークタイムにおいて、それと同等のパフォーマンスが実現可能な回線」から構成される電子通信ネットワークであり、当面はFTTH(Fiber-To-The-Home)と5Gを意味している。EUの上記の欧州宣言はFTTHや5Gの普及拡大を目指したものであり、そのためにより一層のネットワーク投資の促進を図るという観点から、フェアコントリビューションの議論が活発化していることが分かる。

さらにBreton委員は、「ECは常にネット中立性の原則を念頭に置いている。それはコネクティビティ(接続性)に関する欧州法規の基本原則の1つであり続ける」と付け加えた。フェアコントリビューションは、基本的にプラットフォームとネットワークの相互接続を巡る論争であるため、ネットワーク中立性(以下、「ネット中立性」)規制を侵害しないかどうかが、議論における1つの焦点になっている。ネット中立性を一言で表現するならば、「ネットワーク事業者はインターネット上のコンテンツ、アプリケーションへのアクセスを不当に制限してはならない」ということである。フェアコントリビューションの争点であるピアリング、トランジット制度の見直しにより、データトラフィックの着信におけるネットワーク事業者側の主導権が大きくなると、アクセス拒否やアクセス帯域の制限など、ネット中立性規制の違反が生じる可能性があると、プラットフォーマーやその擁護者は主張している。ECのBreton委員の上記のスピーチは、その点に配慮して、フェアコントリビューションに伴う制度見直しがあったとしても、ネット中立性の原則を堅持すると宣言しているのである。

(2)諮問の詳細

今回の諮問の質問項目は、以下の4つのセクションから構成されているが、4がフェアコントリビューションに関する部分である。

  1. 技術と市場の発展(電子通信の未来のネットワークとビジネスモデルに対する影響)
  2. 消費者に対する公正さ
  3.  EU単一市場に対する阻害
  4. すべてのデジタルプレイヤーによる公平な貢献

4の諮問項目の冒頭では、フェアコントリビューション議論の背景と、その賛成者(電子通信事業者)、そして反対者(プラットフォーマー)の主張が、表2のように整理されている。

【表2】ECの諮問文書におけるフェアコントリビューションの説明

【表2】ECの諮問文書におけるフェアコントリビューションの説明
(出典:ECによる欧州の電子通信インフラの将来に関する諮問(2023.2.23)より抜粋)

ECは、今回の諮問で「大規模トラフィック創出者(Large Traffic Generator:LTG)」という新たな概念を導入した。LTGに該当する質問項目の全文を表3に訳出したが、ECは電子通信ネットワーク(ECN)事業者に対して、ピーク時にネットワークに負荷を与えるトラフィックの割合に基づいて、あるコンテンツ事業者をLTGとして分類するための閾値を尋ねている。また、ECN 事業者は、LTG からのデータトラフィックが増加したことによる増分のネットワーク投資コスト(2012年から2022年の間について)、および、2022年から2032年に予想される投資コストをECに示す必要がある。さらにECは、ECN事業者に対して、増分のデータトラフィックをデジタルコンテンツ事業者に課金する上での障害を説明するよう求めている。

【表3】ECの諮問文書におけるフェアコントリビューションに関する質問(LTG関連部分)

【表3】ECの諮問文書におけるフェアコントリビューションに関する質問(LTG関連部分)
(出典:ECによる欧州の電子通信インフラの将来に関する諮問(2023.2.23)より抜粋)

ECは諮問を通じて、トラフィック増大の現状、トラフィック増がネットワーク投資に与えた(与える)過去と今後の影響、そして、現行のネットワーク課金制度の問題点などについて広く意見を収集し、フェアコントリビューションの考えに賛否を問いかけているのである。その際、プラットフォーマーのうち特定の大規模事業者をLTGとして区分し、規制面で特別な対処を行う可能性を示唆している点が注目される。また、ネットワーク周辺の最新技術への投資促進が、CO2排出の削減など、環境にどのような影響を与えるのかについて問いかけているのが、今日的である。

4.ドイツ独占委員会のフェアコントリビューション批判

ドイツ独占委員会はECのフェアコントリビューション諮問終了日の1週間前の2023年5月12日、政策見解(ポリシーブリーフ)を発表し、プラットフォーマーが通信ネットワークの展開コストに貢献すべきだという考えに反対を表明した。同委員会は、競争政策と規制の分野でドイツ政府、議会に助言を行う独立専門委員会であり、随時、今回のフェアコントリビューションのような時事問題に関する短い政策見解を発表している。独占委員会の見解は以下の①~③だが、新たな制度は競争の歪みにつながる可能性があると指摘している。

  1. 独占委員会の評価では、プラットフォーマーによる交渉力の乱用は明らかではない。したがって、ネットワーク拡張に対する費用負担として、現行のピアリング、トランジットに代わる新たな制度が必要な状況ではない。
  2. プラットフォーマーからネットワーク事業者への支払いにより、市場の現況が改善できる可能性はない。そのような介入は競争の歪みを引き起こす可能性がある。
  3. ドイツでは、固定とモバイルのネットワークを拡張するための十分な資金が利用可能である。

今回のECの諮問は、フェアコントリビューションに関連する現況把握や関係者意見の収集を目指した中立的なものである。しかし、諮問に対する関係者の受け取りはさまざまである。既存キャリアの業界団体ETNOは、諮問開始時のニュースリリースで、「5Gおよびファイバーネットワークの展開を加速するためのECの取り組みを歓迎する」、「今回の諮問は、欧州のエンドユーザーの利益のために、インターネットエコシステムの大きな不均衡に対処する前向きかつ緊急の一歩である」、「我々は、EUのデジタル目標の達成を加速することを目的とした、欧州法のタイムリーな採択につながる今回の緊急プロセスを支持する」と歓迎の姿勢を示した。そこには当然、既存キャリアの望む方向でECが規制手続きを進めることへの期待感と牽制が含まれている。

しかし、ECがこの問題を公的議論の俎上に載せること自体を警戒する関係者も存在する。諮問前後の2023年2月には、そのような反対意見の表明が相次いだ。Reuter誌は同年2月15日の記事(“Exclusive: EU's Breton plans consultation on Big Tech and telecoms network costs”)において、「テックジャイアント(筆者注:大規模プラットフォーマー)は、フェアコントリビューションの考えはインターネット税につながり、すべてのユーザーの平等な扱いを保証する欧州のネット中立性規則を損なうものであると述べている」と報じた。また、POLITICO誌は同年2月20日の記事(“Big Telco vs. Big Tech: The battle over ‘fair share,’ explained”)において、プラットフォーマーのロビー団体CCIA欧州の代表が、「通信事業者の顧客はデータ受信のために(通信事業者に)料金を支払っている。なぜ、顧客は通信事業者に再度料金を支払わなければならないのか」と述べたことを紹介している。

5.今後の見通し

フェアコントリビューション議論では、通信ネットワーク事業者、プラットフォーマーの双方が、「インターネットエコシステムの保護」という観点から正反対の主張を行いつつ、ECの規制手続きの行方を見守っている。ECの諮問は2023年5月19日に締め切られたが、その内容は同年夏以降に発表される予定である。諮問結果を受けて、何らかの規制変更が行われる場合でも、欧州議会や欧州連合理事会(EU理事会)の審議を経て新規則が成立するまでには、1年前後の時間を要すると予想される。したがって、現時点で規制の行方を見通すのは簡単ではないが、ECが本格的な諮問を行った以上、現行制度に何も変更が行われない可能性は低いと思われる。もし、ECが現行のインターネット相互接続制度に変更を行うのであれば、発着トラフィックのアンバランスが一定差を超えた部分について、事前規制で精算を義務付けることが考えられる。その場合、選択する一定差の閾値や、それを超えた部分について精算を行う料金の単価により、プラットフォーマーからネットワーク事業者への支払額は大きく異なってくる。また、フェアコントリビューションの反対者が主張するような着側の交渉力の増大を防止するためには、当事者間交渉の裁量の余地を縮小し、新制度の細部まで網羅的に事前規制で定める必要がある。しかし、ドイツ独占委員会も指摘するように、それは詳細な規制介入を招くことを意味するので、プラットフォーマーのみならず、ネットワーク事業者にとっても、全面的な賛成が難しい問題である。

欧州(EU)のフェアコントリビューション議論が日本を含む他国に与える示唆を論じるのは時期尚早である。しかし、ECは表2(質問No.53)のように、諮問で「環境フットプリント」の観点を取り入れて、フェアコントリビューションによるネットワーク投資への影響が環境保護に資するか否かを問いかけるなど、温暖化対策にも目配りをしている。その視点を忘れず、世界の誰もが模範とすべき規制のロールモデル作りを期待したいところだ。

[1] Facebookの正式社名はMeta Platformsであるが、本稿ではGAFAと表現する。

[2] GAFA+Netflixと思われる。

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。

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