2024.11.29 InfoCom T&S World Trend Report

世界の街角から:奄美大島とブラジルをつなぐ橋 ~「伯国橋」に込められた100年の絆~

【写真1】奄美大島の美しい海 (文中掲載の写真はすべて筆者撮影)

浅瀬のエメラルドグリーンから深い藍色まで、息をのむようなグラデーションを織り成す海岸線。陽光を受けて変わりゆくその美しい色合いを前に、地元の方は「この海には7色の青がある」と誇らしげに教えてくれました。特別天然記念物であるアマミノクロウサギをはじめ、数多くの固有種が息づく鹿児島県奄美大島は、2021年7月にその豊かな自然と生態系が評価され、ユネスコの世界自然遺産に登録されました(上・写真1)。

今年の夏、私は初めてこの島を訪れる機会を得ました。カーシェアで島を巡る途中、中心地である名瀬地域を一望できる高台に立ち寄りました。そこで偶然、地元出身の年配のご夫婦にお声がけいただき、この島の豊かな文化や歴史について話を伺うことができました。私はその中でふと、奄美大島と地球の反対側にあるブラジルとのつながりを思い起こしました。実は、奄美大島と遠く離れたブラジルには、100年以上にわたる深い歴史的な結びつきがあるのです。

筆者とブラジルのつながり

私は大学卒業後すぐ、ブラジルのサンパウロに渡り、現地の日本語新聞社で記者を経験しました。ブラジルの日系社会は、1908年の日本からの移民開始から数えて少なくとも6世代目に広がり、現在では推計約270万人(日本外務省発表)の日系人が暮らす世界最大のコミュニティーを築き上げています。私が滞在していた2008年は、ブラジル日本移民100周年の節目であり、サンパウロをはじめとするブラジル各地で盛大に記念行事が行われました。その取材を通じて、奄美大島から移住した方々の歴史や営みに触れる機会がありました。それ以来、いつかこの島を訪れたいと願っていましたが、今回ついにその思いをかなえることができたのです。

宇検村とブラジルをつなぐ「伯国橋」

奄美大島の南西部に位置する宇検村(うけんそん)。のどかで美しい景色が広がるこの村には、奄美大島とブラジルをつなぐ象徴的な橋があります。村役場のほど近く、湯湾川に架かる「伯国橋」です。「伯国(はくこく)」とはブラジルを指す略語で、この橋の名前には、宇検村から遠く離れたブラジルに渡った移住者とその子孫の方々が故郷とのつながりを大切にしてきた想いが込められています。

旅の最終日、私はどうしてもこの村を訪れたくなり、車を走らせました。村役場で橋の場所を尋ねると、親切な職員の方がわざわざ道案内をしてくれました。そして、照りつける強い日差しの中、静かな集落に佇む長さ5メートルにも満たない小さな橋に刻まれた「伯国橋」という文字を前にして、私は思わず「あった! これだ!」と声を上げてしまいました(写真2、3)。

【写真2】湯湾川に架かる「伯国橋」

【写真3】湯湾川に架かる「伯国橋」

【写真2・3】湯湾川に架かる「伯国橋」

ブラジルの言語であるポルトガル語には「サウダージ」という言葉があります。日本語では「郷愁」などと訳されますが、遠くの場所にある大切な何かを懐かしく思う気持ちを表す際に使われます。伯国橋の前に立ったとき、まさにこれに似た不思議な感情が自然と心に湧き上がりました。

宇検村とブラジル移民の歴史

『宇検村 ブラジル移民百周年記念誌』(宇検村教育委員会編纂、2020年3月刊)によると、宇検村からのブラジル移民は1918年に始まりました。当時、村の人口は現在の約6倍に相当する9,000人以上に達していましたが、耕地は限られ、生活は決して容易ではありませんでした。そのため、当時の村長は移民会社と直接交渉し、この問題の解決策を海外移住に見いだしました。この決断によって、13家族54人の村民が長崎港から移民船「讃岐丸」に乗り込み、はるか遠いブラジルへと旅立つことになったのです。

研究論文「奄美とブラジル移民」(田島康弘、1997年)によれば、その後、宇検村からのブラジル移民は戦前に73世帯440人に増加し、鹿児島県内の市町村の中では坊津町、枕崎市に次いで3番目に多くなりました。戦後も12世帯52人がブラジルに渡り、合計で85世帯492人に達しています。これは奄美群島全体の移住者のうちの56.4%と圧倒的多数を占め、その中でも、この橋が架かる湯湾集落からの移住者が最も多く、村全体の約6割が集中していました。

故郷への想いと「伯国橋」

奄美大島が日本に復帰した1953年、ブラジルに住む宇検村出身者たちは、故郷への義援金として約25万円を送金しました。当時、日本の国家公務員の大卒初任給が8千円弱だったことを考えると、遠く離れたブラジルから故郷に送られたこの金額には、村の復興を願う強い想いが込められていたことがうかがえます。村の方々は出身者の願いをくみ取り、この資金を敬老会や学校への寄付とともに橋の再建に充て、感謝の意を込めて「伯国橋」と名付けました。

その後も、ブラジルに住む村の出身者たちは、故郷を訪れるたびに多くのお土産を持参しました。村の生涯学習センターには、寄贈者の名前と帰郷年を記したメモとともに、ワニやピラニア、大アリクイの剥製や宝石などが展示されています。また、村の定期広報誌「うけん」には、帰郷した村出身者のブラジルでの生活ぶりを紹介する記録が多く残されており、村全体で再会の喜びを共有してきたことが伝えられています。

次世代への継承と新たな交流

平成に入っても両国間の交流は続きました。1998年には奄美ブラジル移住80周年を記念して、奄美から初の親善訪問団がブラジルを訪問したほか、2010年の奄美豪雨災害の際には、ブラジル在住者たちが世話人となり義援金を故郷に募る活動も行われました。

そして2018年。宇検村からのブラジル移住100周年を記念した記念行事が行われ、村役場の方々などがブラジルを訪問し、現地の移住者やその子孫の方々と親しく交流を深めました。この年にはさらに、村出身者の2世や3世で構成された訪問団が宇検村を訪れ、盛大な歓迎会が行われました。その際には村民との再会を喜ぶ姿や新たな交流に沸く声があふれ、伯国橋の上で一行の記念撮影も行われたといいます。

宇検村からの移住の歴史は、決して望まれたかたちで始まったものではなかったかもしれません。しかし、その歴史は100年の時を経て、世代を超え、深い絆として地球をまたぐまでに育まれました。その象徴ともいえる伯国橋は、わずか5メートルにも満たない小さな橋ですが、私にはその静かに佇む姿が遠く離れた二つの奄美、宇検村とブラジルをつなぐ心の距離を表しているように思えてなりませんでした。

観光地で通信インフラを追って

かつては宇検村から名瀬地域に向かうにも船で1日がかりの移動が必要で、島には「陸の孤島」も点在するような、アクセスが困難な時代があったようです。しかし今や、急峻な山々の間を結ぶトンネルがいくつも整備され、まさに「つながる時代」となっています。

「つながる」と言えば、まさに情報通信の世界でも同じですね。私自身、今回の旅で奄美大島の隅々を巡る中で、職業病になりつつあるのでしょうか。携帯の無線基地局を見つけるたびに「どこの通信ベンダーのものだろう」と気になり、海水浴を楽しむ観光客や地元の方々を横目に心を躍らせていました(写真4)。

【写真4】筆者が奄美大島最南端で見かけて一人心躍らせた無線基地局(中央)

【写真4】筆者が奄美大島最南端で見かけて一人心躍らせた無線基地局(中央)

【写真5】夕暮れ時の砂浜でサッカーボールを転がす人たちを見かけ、思わず「これ、ブラジルだ」とつぶやいた筆者

【写真5】夕暮れ時の砂浜でサッカーボールを転がす人たちを見かけ、思わず「これ、ブラジルだ」とつぶやいた筆者

もしも今後、絶景を前に通信機器をじっと見つめている人を見かけたら、それは私かもしれません。その際は、そっとしておいていただくか、優しく声をかけていただけると嬉しいです。

本稿は、サンパウロにて発行される邦字紙「ブラジル日報」への筆者寄稿文「5mの橋で地球をまたぐ=奄美大島宇検村とブラジルの百年」(2024年9月6日付)https://www.brasilnippou. com/2024/240906-41colonia.htmlを改稿したものです。

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。

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