2022.11.4 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

今月の注目Startup: Security / Healthcare / Metaverse & Communication / Drone

本記事は、NTTコミュニケーションズ イノベーションセンターの小室智昭氏より寄稿いただいた原稿をそのまま掲出しています。

1. はじめに

アメリカは8月中旬から小学校が始まりました。心配されていた新型コロナの感染拡大はいまのところ抑えられているようです。政府はUSPS(アメリカの郵政公社)に委託していた新型コロナの検査キットの無料配布を9月2日に一時中断すると発表しています。アメリカでは日本政府が定める陰性証明書を発行してくれる医療機関が少なくなっていますが、9月7日以降は3回のワクチン接種をしていれば、陰性証明書は要らなくなったので、日米間の往来もさらに盛んになると思います。

さて、本稿では8月に出会ったStartupの中から、Security、Healthcare、Metaverse & Communication、Droneの分野で注目すべきStartupを紹介します。

2. Startup紹介

2-1. Security

(1) Zero Passwordを実現するProcyon社

 パスワードはセキュリティの観点ではとても重要ですが、「複雑で長いパスワードを頻繁に変更しなければいけない」という現状にウンザリしている人もいるだろう。さらに、アプリごとに認証や暗号キーが必要な状況は「やってはいけないBehavior」を生み出す元凶にもなっている。

 この状況を変えるためにSuman SharmaさんはProcyon社を立ち上げ、パスワードがいらない世界を実現しようとしている。

 Procyon社のCo-founder & CEOのSuman Sharmaさんは、「クラウドで無計画に管理情報が拡大していることが一番の問題だ。」と言う。そこでSumanさんは、Procyon社のPlatformでユーザーとクラウドアプリをセキュアに繋ぎ、ユーザーがパスワードを入力することなくクラウドアプリを利用できるようにした。

 Procyon社が対象としているのは、企業で利用されている業務用・開発用のコンピューターだ。会社の端末はセキュリティパッチの更新のために、定期的にソフトウェアが更新される。Procyon社は、その仕組みに目をつけてProcyon社のソフトウェアを会社のコンピューターにインストールする。

 Procyon社のソフトウェアはプロセッサーと連動して個別のPrivate Keyを生成し、ユーザーがパスワードを入力しなくてもクラウドアプリが利用できるようにしている。

 Procyon社のプラットフォームは、ユーザーとクラウドアプリを一元的に管理し、会社のコンピューターとクラウドアプリをセキュアに接続するハブのような役割を担う。Procyon社のプラットフォームはただクラウドに繋ぐだけでなく、TokenやPrivate Keyの利用状況をモニターして利用状況を可視化できるため、ソフトウェアのLifecycle Managementとしても活用できる。

 Procyon社のプラットフォームはユーザー登録、クラウドアプリの追加も簡単だ。登録申請したユーザーは、SNSの友達申請の承認をする感覚で、登録を完結させることができる。

 Sumanさんは、「この環境をハックしようとしたら、コンピューターを分解して、プロセッサーを盗むしかないよ。」と自信を見せていた。

【図1】Procyon社のシステム概要

【図1】Procyon社のシステム概要
(出典:Procyon社の資料をもとに筆者が作成)

 

2-2. Healthcare

(1) 目から疾患を分析するSpect社

 網膜を検査すると目の病気だけではなくて、アルツハイマー、脳梗塞、腎臓病などの病気が予見できるそうだ。Spect社のCo-founder&CEOのMichael Ricciさんは、「こんなに医療が進化しているのにEyecareの技術が100年以上も変わっていないことが技術的な課題だ。」とEyecare業界の課題を語る。また、眼科医不足もEyecare業界にとっては深刻な課題だそうだ。

 アメリカでは、8,000万人が目の病気を患っているが、眼科医は完全に不足していて、一人の眼科医が17,000人の患者をケアしなければならないそうだ。

 そこでMichaelさんはSpect社を立ち上げ、ホームドクターでも簡単に検査できる携帯型のデバイスを開発している。Michaelさんは、Spect社のデバイスは、一人の眼科医の負担を劇的に減らせると説明してくれた。同社のデバイスは既にFDA承認を得ていて、すぐにでも医療機関での利用が可能だ。

 Spect社のターゲットは、眼科医がいないホームドクター、メディカルアシスタント、救急救命士。使い方は簡単で、数時間のトレーニングできちんと網膜を撮影できるようになるという。まず医療関係者がSpect社のデバイスを使って網膜を撮影する。検査時間は撮影時間を含めて3分程度だそうだ。撮影されたデータはリアルタイムにAWS上のSpect社のクラウドにUploadされ、眼科医がいつでも確認できるようになっている。

 Spect社のプラットフォームはHIPAA(Health Insurance Portability and Accountability Act)に準拠していて、デバイスの中に撮影データなどの患者の個人情報は残らない仕組みになっている。 ビジネスモデルは、医療機関を対象としたSubscriptionモデルで年間契約となっている。すでに多くの医療機関と接点を持ち、2025年までに急成長するBig PictureをMichaelさんは描いている。

【図2】Spect社のサービスプラットフォーム概要

【図2】Spect社のサービスプラットフォーム概要
(出典:Spect社)

2-3. Metaverse & Communication

(1) コミュニケーションアプリと連携できるMetaverseのForma Vision社

 Metaverseというと、自分の分身のアバターやキャラクターが仮想空間で動き回る世界を想像する人が多いと思う。しかし、個人的にはそのようなアバターがコミュニケーションを活性化させたり、業務を効率的に繋げられるというアイデアには懐疑的だ。

 今回紹介するForma Vision社は映画のStarWarsのレイア姫のホログラムのようなリアルな3Dアバターを使って、遠くにいる人を身近に感じてコミュニケーションを活性化させようとしている。自然な感じの3Dアバター、市販のデバイス・クラウドで利用できるのがForma Vision社のソリューションの特徴だ。

 Forma Vision社のCBOのAbhay Mahajanさんは、「今はビデオ会議の便利さと対面会議の効率性が分断されている状況」だと考えている。Abhayさんは、現在のMetaverseは音声会議とビデオ会議の中間に位置するものだが、音声会議とビデオ会議とのギャップを埋めるほどの存在にはなっていないと考えている。そこで、Forma Vision社は、対面での会議に近いソリューションの開発を進めている。

 Abhayさんは「Forma Vision社はZoom、Teams、WebExよりも魅力ある3Dコンテンツを提供し、ブレインストーミング、トレーニング、カスタマーサポート、自治体の幹部報告などの導入実績がある。」と教えてくれた。自治体の幹部報告はT-Mobile社と連携して実現したそうで、これからも通信事業者との連携機会を増やしていきたいと、AbhayさんはNTTグループとの連携に期待していた。他にもCisco社、Facebook社、Verizon社などがForma Vision社のプラットフォームの評価を行ったそうだ。

 Forma Vision社のソリューションはWebRTCベースのサービスとのインテグレーションが可能だ。例えば、NeWorkを使ってチャット、会話をして熱量が上がってきた時に、Forma Vision社と連携したリアルな3Dアバターが画面に表示されると、さらに会話の熱量が上がるだろう。実際にForma Vision社とZoomで会議をした時、Abhayさんが一緒に参加していたCEOのAdam Kirkさんのアバターを私のiPhoneの画面に表示できるようにしてくれた。

 Forma Vision社はベータ版は公開しているが、プロダクトの正式な公開は2022年後半、もしくは2023年前半になるようだ。3Dアバターを作成するためのForma Studioは、複数のカメラとアプリで構成されている。以前はForma Studioの設備が大掛かりで設置が大変だったという話も聞くので、正式公開に向けて情報収集しようと思う。

【図3】Forma Vision社の導入実績

【図3】Forma Vision社の導入実績
(出典:Forma Vision社)

(2) メッセンジャーアプリと連携して業務効率化を実現するGet Together社

 メッセンジャーアプリは業務でも欠かせないツールとなり、ほとんどの人が仕事やプライベートでメッセンジャーアプリを使っていると思う。米国ではSlack、Microsoft Teams(以降、Teams)は、Business Messenger関連のレビューサイトで常に上位にランキングされている。

 Slackなどのメッセンジャーアプリはすぐに返事が返ってくるため、同僚などと会話するにはとても便利なツールだ。しかし、メッセンジャーアプリを使っていて「不便だな」と思ったこともあるだろう。私の場合、メッセージに埋もれて次の約束の日程を見失ってしまったり、相手が約束を覚えてくれているか心配になる。かといってカレンダーアプリを立ち上げてCalendar Invitationを送るのは面倒だし、お客様や上司にCalendar Invitationを依頼するのも躊躇する。そんな課題を解決しようとしているのがGet Together社(以降、GT社)だ。GT社のCo-founderのMichael Bell(以降、Mike)さんは、「スケジューリングは会話から始まり、カレンダーからは始まらない。」とGT社設立の思いを教えてくれた。

 GT社は、SMS、Teamsで交わされるメッセージの内容を分析し、会話に参加している全員のカレンダーから最適な時間を見つけてCalendar Invitationを送ってくれる。実際にSlackに評価環境を作って試したみた。UIがとてもシンプルなので、数回使っただけでCalendar Invitationの作成に必要なCalendar登録、メッセージの書き方、Invitationの承認・変更・キャンセルなどの操作を一通り把握できた。例えばSlackで、”find 30 mins to chat this week(今週、30分打ち合わせする時間ある?)”とメッセージを送ると、相手がカレンダーを確認する前にGT社のアプリが候補の日を提案してくれて、Calendarに予定を入れてくれる。Slackの画面でも相手がInvitationを承認したかどうかが確認できるが、Calendarでも確認できるようになっている。

 GT社は現在、電子メールの対応、ZoomとのIntegrationの開発に力を入れている。また、私とイノベーションセンターのメンバーがGT社のアプリの評価を始めたことで、日本時間にも対応し、私たちの評価のサポートのためにエンジニアもつけてくれた。

 日本クオリティになるにはもう少し時間がかかりそうだが、これからもGT社の活動を支援していきたいと考えている。皆さんの中で、GT社のアプリの評価に参加したい人がいれば、ぜひ連絡してほしい。

【図4】Get Together社の利用の流れ

【図4】Get Together社の利用の流れ
(出典:筆者自身がデモを行って作成)

2-4. Drone

(1) 新たな配送モデルを開拓しているZipline社

 Zipline社はシリアルアントレプレナーのKeller Rinaudoさんが立ち上げたDrone関連のStartupだ。Kellerさんと初めて会ったのは、Romotive社という知育ロボットを提供するStartupを立ち上げたばかりの頃で、イノベーションセンターが技術開発部と呼ばれていた頃、Romotive社の知育ロボットを使ってカーレースのデモをコムフォーラムなどで出展していたので、覚えている人もいると思う。

 Zipline社が開発しているDroneは固定翼と呼ばれるDroneで、ランチャーを使って勢いよく大空に飛び立ち、戻ってきた時は戦闘機が空母に着艦するかの如くワイヤーにフックを引っ掛けて回収する。

 Zipline社のDroneは基地を飛び立ってから目的地まで飛んで行って荷物を落とし、基地まで戻ってくる一連の流れをすべて自動で行う。荷物を落とす時はDroneの飛行速度、高度、風向き、風速を考慮して落とす。この一連の流れの中で私が一番驚いたのは、緻密に位置情報、高度を計算して自動かつ確実にDroneを回収することだ。

 Zipline社のDroneにはセーフティネット機能がついていて、お掃除ロボットが電池がなくなりそうな時に充電器に自動で戻るように、飛行が不可能な場合は自動的に拠点に戻ったり、パラシュートを開いて着陸するようになっている。

 荷物を入れるパッケージも荷物にダメージを与えないように工夫されている。「Walmart社との実証実験では、卵やケーキを注文したユーザーがいたが、破損することなく届けられた。」とZipline社のDirector of Customer SuccessのDan Daviesさんは説明してくれた。1台のDroneが配送できる荷物には大きさ、重さには制限があるが、多くのオーダーを受けた場合は複数のDroneを同時に飛ばすことで対応しているそうだ。

 現在、Zipline社は「地球上のすべての人が必要な医薬品をすぐに届ける」をミッションにアフリカ、米国、日本で活動していて、1,000万人以上がZiplineの配達サービスを使用している。Zipline社の本社ロビーの壁には世界中で実施した配送数がプロジェクターで表示されている。

 第三者機関の調査機関は、アフリカの実証実験において、ワクチンの在庫切れ、血液の無駄の削減に大きく貢献したと活動を評価している。

 米国のArkansas州では、Walmart社、地域住民と連携して医療品だけでなく、日用雑貨、食料品を配送する実証実験を行なっている。Rotisserie Chicken(ロティサリーチキン)をオーダーした人もいたようだ。実証実験の参加者はWalmart社のSmartphoneアプリを使って自分の荷物を積んだDroneがどこを飛んでいるのかが分かるようになっている。日本はDroneの自動航行の制約があるため、豊田通商さんと連携して五島列島で実証実験を行なっている。

【写真1】Zipline社のDroneが荷物を届ける様子

【写真1】Zipline社のDroneが荷物を届ける様子
(出典:Zipline社)

3. おわりに

シリコンバレーでは、対面でのDemo DayやPitch Eventが徐々に増えている。8月末に開催されたBerkeley大学の起業家支援プログラムのSkyDeckも対面でイベントを行った。私の活動拠点としているPlug and Play Tech Centerにも毎日海外からの視察団が訪れている。米国は10月から12月はカンファレンスシーズンで毎週のように注目のカンファレンスが毎週開催される。コロナ後のロケットダッシュを決めるのは今が絶好の機会だと思う。

 

本記事は、NTTコミュニケーションズ イノベーションセンターの小室智昭氏より寄稿いただいた原稿をそのまま掲出しています。
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