2023.1.30 ICT利活用 InfoCom T&S World Trend Report

スマートシティ推進における都市OSの役割と今後の方向性について

Image by Tumisu from Pixabay

現状とニーズ

少し前まで、私たちの財布には多くのカードが入り、膨れ上がっていた。銀行、免許証、保険証、航空会社、鉄道、病院、スポーツクラブ、家電量販店、スーパー、ドラッグストア、飲食店、クリーニング店……。また、それぞれにクレジットカード機能が付いて、一体いくつのクレジットカード契約をすればよいのかと嘆いたものだ。それらが最近、スマホのアプリにどんどん置き換わり、随分すっきりとしてきたと感じる。それでも、まだ不満はある。一体いくつのアプリをダウンロードすればよいのだろう? そしてダウンロードする度に、ユーザーIDとパスワードを設定し、延々と続く説明書を読まされ(いや、読まず)同意ボタンを押す。もちろん進化もしはじめている。系列のクレジットカードやネット銀行・ネット証券・EC等がまとまり、〇〇経済圏として発展中である。同じ系列の会社同士なら、同じユーザーIDやパスワードを共有でき、受け取ったポイントも連携し、会社をまたいでも、サービス間同士の組み合わせで割引やポイントゲット等のメリットを受けられる仕組みも登場している。

こうした身近な生活シーンのDXが急速に進み便利になりつつある。公的サービスについても、例えばマイナンバーカードを活用してスマホから確定申告が簡単に行えるようになる等、DXは進み、便利になりつつある。しかし、まだ会社・サービスごと、行政の原課ごとのDXであり、不満はあるし、改善の余地がある。ユーザー視点で、これらの不満を解決し、誰もが「そうしてほしい」と思う方向へと向かってほしいと思う。では、「そうしてほしい」こととは何か? 少し整理してみたい。

  1. ユーザーIDやパスワードは会社やサービスをまたいでも、民間であろうと公的機関であろうとシングルサインオンができ、パスキーの認証方式に基づいた生体認証等の簡易で安心な方法がよい。つまり、認証機能を共有するプラットフォームがあるとよい。
  2. サービスをまたぎ、また民間と公的機関もまたぎ、ユーザー目線に立ち、地域の実情にも合い、様々な利用シーンにマッチする、便利・お得・安心・安全なセットサービスやセットとなった情報の提供をしてほしい。つまり、プラットフォームと標準APIでつながる様々な民間サービス・行政サービス間で連携した新サービスの提供を期待したい。
  3. 決済機能や地域通貨の利用もサービス間で共有し、簡易に利用できるようにしてほしい。この機能もプラットフォームで提供してほしい。
  4. 私たちの暮らしが、もっと便利・お得・安心・安全になるなら、上記の利用で集まったビッグデータを分析し、新サービスの開発やサービス品質の向上に活用してほしいが、個人データの管理や各種セキュリティの担保は安心できる体制で実施してほしい。つまり、共有クラウド、データ連携やAI分析、ダッシュボード等での情報提供等を行うセキュリティ機能を具備した安心できるビッグデータ活用プラットフォームがあるとよい。
  5. 利用にあたっては、ユーザーインターフェースの良い、使いやすい方法で、スマホ・パソコン、テレビ等で提供してほしい。特にお年寄りには、テレビで簡単に操作できることが望まれる。これを提供するのもプラットフォームである。

ユーザー目線に立つ便利・お得・安心・安全なサービスのイメージ

上記2のユーザー目線に立ち、地域の実情にも合い、様々な利用シーンにマッチする、便利・お得・安心・安全なセットサービスやセットとなった情報の提供のイメージを少し具体的に考察してみたい。既にいくつかの事例は全国各地のスマートシティ等で都市OSの導入により実施または検討されている。

健康・介護・ヘルスケア

病院の電子カルテ、人間ドックの検査結果、乳児期の母子手帳、学生時代の健康診断、会社での健康診断、健康保険、レセプト、薬局の処方・調剤情報、地域で集合して測定した運動記録等、私たちの健康に関する情報は多岐にわたり存在し、バラバラに保管されている。最近では、スマートウォッチ等のウェアラブルデバイスで無意識のうちに収集された健康情報も存在するし、生活家電の利用状況、家庭での電力利用状況により自分自身の生活のリズムも分かる時代となっている。これらの情報が時系列で整理され、分かりやすく見える化され、それらの関連性の分析がされ、個人に適した食事や体力作り等の健康アドバイス・介護プランが提示される。希望者には自分の健康状態にあった食事のデリバリー、スポーツジムからのトレーニングプラン等、民間サービスの提案がプッシュ型で届く。異変があれば医者からプッシュ型でオンラインの往診をしてもらえる。ドローンで薬が届く。全国のどこの病院に行っても医者はそれらのデータを閲覧可能で、適切なアドバイスをもらえる。日常の生活の中に埋め込まれたこれらの仕組みにより、病気になることを事前に防ぎ、無駄な重複した検査等もなくす。医療コストを削減し、医者や看護師の負担も減らし、健康寿命を延ばすことが可能なこんな仕組みができあがったらどんなに良いだろうか。

行政手続きと民間サービス連携

引っ越しをする際、自治体への転居届を転出元へも転入先へも一緒にスマホから簡単に行うことができる。あわせて、運転免許証、保険証、学校等の公的機関への手続きも自動的に連携されてしまう。希望すれば、電気・ガス・水道、通信、郵便、銀行等の生活インフラ関連の民間会社への手続きも自動的に連携される。必要に応じて、新聞配達の依頼、生協への加入、近所のスーパーへの会員登録、鉄道の定期券の購入、スポーツジムとの契約等も同時にできてしまう。考えるだけでとても便利だ。無駄な時間や手間が省けるうえに、行政や民間会社も稼働削減・効率化ができ、最終的には利用者コスト(税金やサービス利用料)の低減につながることが期待できる。

防災・避難

行政からの指示事項、各種センサーで測定された海の潮位・河川の水位・気温・積雪・風速、各地の定点カメラで撮影された映像、天気図、避難所の開設状況・定員数と集まっている人数等、様々な情報が一つのデバイスに分かりやすく見える化され、自分にあった避難行動のアドバイスをもらえる。必要であれば救助・救援を求めることもできる。オンデマンド交通による救援・ドローンによる救援物資の提供・ロボット技術による救助との連携も可能。また、近隣他者の救援に参加する意思表示もでき、誰を助けるべきかが分かる。こんな仕組みができると安心して暮らすことができる。

事例として、3つのシーンにおけるイメージを多少妄想めいて考察したが、ポイントは、民間サービス・行政サービスごとの個々のDXは進み、スマホアプリ等を経由して便利に利用できるようになりつつあるものの、それらのサービスが分野を超えて、ユーザーの利用シーンに合わせて連携すると、もっと便利・お得・安心・安全なサービスを受けられるということである。

都市OSに求められること・今後の方向性

さて、ここで少し都市OSについて整理しておくと、都市OSとは、これまで、民間サービス・行政サービスごとに進められてきたDXを連携させることにより、ユーザーにとって付加価値の高いサービスを提供できるプラットフォームであると言える。特徴は以下のとおりである。

  1. 民間会社・公的機関の様々なサービスや地域に配備された各種センサー(防災関連情報・人流情報等のデータ収集用センサー等)が標準APIでつながり、共有データベース化され、シングルサインオンで、スマホ・パソコン・テレビ等のデバイスで簡単に操作できるセキュリティにも配慮されたプラットフォーム
  2. 様々なサービスが連携しており、ユーザーにとって最適化された、便利・お得・安心・安全な新しいサービスが創造され続けるプラットフォーム
  3. 集まった様々なデータをクロス分析することにより、サービス提供者に有意義な情報を提供し、新しい民間サービス・行政サービスの創造や品質の向上、質の高い政策の決定・施策効果の測定ができるプラットフォーム

つまり、利用ユーザー、民間企業、公的機関等が上手にマッチングされ、付加価値の高いサービスが提供されるプラットフォームである。そしてこのプラットフォームは、全国の自治体同士でつながり、ユーザーがどこにいても利活用できなければ意味がない。地域間で連携して広域で新しいサービスを提供することも重要である。また、全国規模の大企業のサービスも受けられるし、その地域に特有の地場企業や地元自治体からのサービスも受けられる必要もある。地域独自の経済振興・地域デジタル通貨・町おこしなどの企画等、それぞれのローカル色豊かなスパイスも利かせることができなければならない。

更には、これまでの自治体のシステム化で行われてきたようなオンプレ型で、その都度スクラッチ開発し、ベンダー固定で高額な仕組みではなく、クラウド利用で標準的な仕様の仕組みが低廉なコストで利用でき、拡張性も高く継続的かつ容易にサービスを進化させることができ、標準APIで誰もが自由に参加できるようなオープンな仕組みにしなければならない。あわせて、ICTリテラシーの低いお年寄り等をしっかりサポートできる、ヘルプデスクや駆けつけ等の仕組みも必要になる。

2020年3月に政府は都市OSの要件をまとめた「スマートシティリファレンスアーキテクチャ」を発表した。そこで挙げられたのが、「相互運用(つながる)」「データ流通(ながれる)」「拡張容易(つづけられる)」という要件だ。これらは的を射た要件であると考える。

現在、全国各地で都市OSの導入がはじまっている。具体的には、オープンデータの収集・蓄積・仲介に優れており欧州を中心とした多数の都市や企業で導入が進む「FIWARE」や、個人情報等の秘匿データを取り扱うことに優れておりエストニアで導入が進む「X-Road」等の導入がはじまっている。どの都市OSが優れているのか、もしくは複数の都市OSをうまく組み合わせることが良いのか、まさにその検討が特に重要な時期にきている。できれば、日本全体で一つのOSにすることが望ましいが、少なくともインターフェースは標準化して、全国の都市OSがつながる仕組みは必要だ。2019年8月、内閣府、総務省、経済産業省、国土交通省が連携し「スマートシティ官民連携プラットフォーム」が設立された。また各自治体にも産官学の様々なプレーヤーが集まる協議会がどんどん立ち上がっている。都市OSの構築、そしてスマートシティの実現は産官学が一体となり、事業者、業界などの垣根を超えたコラボレーションがなければ成り立たない。思い切った決断をする時期である。国や首長のリーダーシップと各地域による自主的な知恵だしが期待される。当社でもこれから、様々な地域での取り組みをウォッチ・レポートすることにより少しでも普及拡大に貢献していきたいと考えている。

おわりに

今回、実はあえて、ユーザー・生活者目線から、更には民間サービスも含めた現場目線から考察をスタートしてみた。都市OSを語るアプローチとして、この目線が少し欠けているように感じたからだ。都市OSについては、どちらかというと、行政サービスの効率化と品質の向上のためにビッグデータを分析するところから話がはじまることが多いように感じる。もちろんその視点も極めて大事であるが、ユーザーが一人称で考え、使ってみたいと思い、普及が進むためには、ユーザー目線に立った便利・お得・安心・安全からスタートし、それを向上させるためにビッグデータ分析を行うという順番で考えた方が自然であるように思える。現実の私たちの日頃の生活は多くの民間サービスに依存している。民間サービスに行政サービスをいかにマッチさせていくのかという現場からの視点も重要であると考える。

実際、今では婚姻届や離婚届といった政策的に電子化しないものを除くほぼすべての行政サービスを電子化しているエストニアにおいても、都市OSであるX-Road構築が完了したからといってすぐにデジタル政府が実現したわけではない。X-Roadというサイバー攻撃に耐えうる堅牢なシステムの存在が大前提ではあるものの、国家レベルで①法的拘束力を持つ強力な電子IDと電子署名によるプライバシーと機密性の保証、②2度以上データ提供を要求しない、データを2カ所以上に保管しないという一度きり(Once Only)の原則の徹底、③集められた個人データの所有権は本人のもので、所有者はどんなデータが集められたのか、誰がデータにアクセスしたのかを知る権利を持つ、というユーザー目線に立った3原則を国民のコンセンサスを得て定め、それに基づき法律やガバナンス体制を整備していったことが大きな成功の要因となった。その上でさらに国民が実生活において利用することのメリットを肌で感じたことで一気に拡大した。利用者数はX-Roadを導入した2001年からしばらくは低調であったが、ヘルスケアや金融機関の利用が開始された2007年頃から急速に伸びた。

我が国においてもデジタル化を進展させていくためには、単なる行政サービスのシステムの問題と限定的に捉えるのではなく、われわれの生活そのものをどうしたらもっと便利・お得・安心・安全にできるのかといった課題感を持って取り組むことが重要だと考える。国民の多くがデジタル化のメリットを理解し、そのためにはどうすればよいのかを自分ごととして考えるようにならない限り良いものは生まれない。ユーザー主役の議論と導入計画の策定・推進体制の構築を期待したい。

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。

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