2023.3.30 イベントレポート InfoCom T&S World Trend Report

MWC 2023で語られた楽天モバイルの現状と今後の戦略とは

【写真1】来場者で混み合うMWC 2023会場のエントランスホール (出典:筆者撮影)

2023年2月27日~3月2日(現地時間)、スペイン・バルセロナ市で、モバイル業界最大のイベントであるMWC Barcelona 2023(以下、「MWC 2023」)が開催された。同イベントはコロナ禍で2020年に開催が中止されたが、2021年7月のオンラインとオフラインによるハイブリッド形式の小規模な開催を経て、2022年に一部ホールを閉鎖してのリアル開催を再開し、2023年からは8つすべてのホールを利用した本格的な再開となった。ホール内は歩くのが困難なほど来場者で溢れ、コロナ禍以前の賑わいを取り戻していると感じられるほどだった(写真1)。MWCの主催者団体からは88,500人以上が来場したと発表されている。

今年のMWCではOpen RAN[1]、ネットワークの省電力化、共通API(Application Programming Interface)、ビッグテック企業のFair Share(ネットワーク投資への公平な負担)などがメイントピックとして語られ、出展企業のブースでも同トピック関連の商品やソリューションが数多く展示されていた。

本稿では上述のメイントピックのうち、Open RANについて先進的な取り組みを進め注目を浴びる楽天モバイルが、MWCで語った現状と今後の戦略について解説する。

巨額の赤字を抱える楽天モバイル

まずは楽天モバイルの経営状況について簡単に振り返っておく。MNO(Mobile Network Operator)事業に新規参入し、2020年4月にサービスを開始した楽天モバイルの経営状況は悪化の一途を辿っている。基地局整備やネットワーク構築への投資が重荷となり、事業開始以降、赤字が続いていることが大きい。楽天が2023年2月に行った2022年度通期及び第4四半期決算発表では2022年度の営業損失が▲3,639億円となり、2021年度の▲1,947億円を大きく超える赤字となった。同社のモバイルセグメント営業損失は基地局開設費とKDDIへのローミング費が大部分を占めるが、4G人口カバー率99%達成後は設備投資が落ち着くため、会長である三木谷浩史氏はモバイルセグメント営業損失を削減できると見ている。しかし現時点では、好調な楽天の主要事業であるECやフィンテック事業の足をモバイル事業が引っ張る形が続いている(図1)。

【図1】楽天モバイルセグメント四半期業績推移

【図1】楽天モバイルセグメント四半期業績推移
(出典:楽天IR資料)

モバイルキャリアの主要な収入源となる契約者数の獲得についても楽天モバイルは足踏みしている。2022年7月に月間使用データ量1G以下のユーザーは利用料無料になるプラン「Rakuten UNLIMIT Ⅵ」を終了したことで、無料利用を目的としていたユーザーの楽天モバイル解約が相次ぎ、以降契約回線数が減少している。2022年12月時点のMNO契約回線数は449万回線、ARPU[2]が1,805円となっており、契約回線数は減少傾向にあるが、無料ユーザーがいなくなったことで、ARPUは増加傾向にある。

MWC 2023で語られた楽天モバイルとRakuten Symphonyの現状

MWC 2023では楽天もブースを構えると同時に、セッションを主催し、楽天モバイルだけでなく、通信事業者向けのプラットフォームソリューション事業を推進するRakuten Symphony(以下、「Symphony」)における完全仮想化ネットワーク[3]やOpen RANへの取り組みをアピールした。

2月28日に楽天が主催したセッションには三木谷氏や楽天モバイルCEOのタレック・アミン氏も登壇し、現在の楽天モバイルやSymphonyの取り組みについて説明した。同セッションで語られたのは主に、モバイルと楽天経済圏のエコシステム、国内カバレッジ、完全仮想化ネットワークとOpen RANへの取り組み、今後の楽天モバイルの戦略などであった。また、パネルディスカッションやQ&Aセッションでは、Open RANへの期待がグローバルで高まっていることなどが話題となった。

楽天モバイルと楽天経済圏のエコシステム

三木谷氏は楽天モバイルと楽天経済圏のエコシステムについて、MNO契約者の楽天サービス利用数が増える傾向にあり、MNOが楽天経済圏に顧客を引き込む呼び水になり得ることをアピール。また、楽天市場や楽天カード、銀行、証券、楽天ペイなど数多くのサービスが楽天により提供されているが、MNO未契約者が使う楽天サービスは平均0.44サービスであるのに対して、MNO契約者は契約後1年で平均2.61の楽天サービスを使っていると述べた[4]。同様にMNO契約を契機とした楽天サービスの新規利用が1,000万件増加しており、三木谷氏が力説するように、楽天モバイルは楽天経済圏の重要なエコシステムの一部になる可能性を秘めているようにも見える(写真2)。

【写真2】楽天モバイルMNO契約者の楽天サービス利用数の増加

【写真2】楽天モバイルMNO契約者の楽天サービス利用数の増加
(出典:MWC 2023にて筆者撮影)

三木谷氏は他のモバイルキャリアと楽天モバイルでは、楽天モバイルがOTT[5]事業からモバイル市場に参入した点において優位性があると述べた。他のモバイルキャリアは通信インフラ上のアプリケーションやサービスによるマネタイズに苦心しているが、楽天モバイルにはその部分における経験値があるため、それが利点になると言う。確かにECや金融事業は調子が良く、VOD[6]のRakuten TVやRakuten VIKIもユーザー数を拡大させている。楽天としてはこれらのサービスとモバイル事業をうまく絡めたサービスを提供していくことで、更なるARPUの向上や経済圏全体としての売上の向上を狙っているのだろう(写真3)。

【写真3】グローバルで利用者数が増加する楽天のサービス

【写真3】グローバルで利用者数が増加する楽天のサービス
(出典:MWC 2023にて筆者撮影)

国内カバレッジの拡大

楽天モバイルの国内における4G全国人口カバー率については、2022年12月時点で98%を達成しており、2023年中には、99.2~99.3%のカバー率を達成する予定だ。4G基地局の開設が落ち着くと、設備投資費も多少は減少するだろう。また、楽天回線エリアが広がることで、現在KDDIに支払っているローミング費もなくなる。

楽天モバイルは楽天回線エリアを広げるために、基地局の設置のみでなくAST SpaceMobileとの衛星通信にも取り組んでいる。MWC全体の中でもNTN(Non Terrestrial Network)と呼ばれる衛星通信に関する展示が多く見られたが、楽天モバイルは、AST SpaceMobileとの協業により、国内のカバレッジ100%を目指している。もし衛星通信により、カバレッジを拡大することができれば、費用対効果が低い基地局の設置を避けることができ、資金の節減にもつながる。タレック氏はパネルディスカッションで、AST SpaceMobileは特にルーラルエリアでのカバレッジの確保と災害時に、楽天モバイルにとって重要な役割を果たすことになるだろうと述べた。

完全仮想化ネットワークとOpen RANソリューションのアピール

楽天のモバイルネットワークが完全仮想化であることは以前から楽天自身がアピールしているが、楽天モバイルは今回のMWCでも同社の完全仮想化ネットワークとOpen RANへの取り組みをアピールしている。三木谷氏は楽天モバイルがネットワークをエンドツーエンドで仮想化することで、CAPEX[7]を40%、OPEX[8]を30%削減することができると述べた。また同氏によれば、モバイル網構築のための基地局設置についても、8年計画を前倒しし、2年半で約7万局のサイトを設置できたのは、楽天モバイルが完全仮想化ネットワークによりモバイル網を構築しているためであるとのことだ。

基地局設置も2023年中には一巡し、設備投資も落ち着くことから、三木谷氏は2023年中の楽天モバイルの単月黒字化を狙うが、現状のMNO契約回線数やARPUを考えると、簡単なことではない。そのため、国内での収益化が進まない楽天モバイルは、仮想化ネットワークやOpen RANソリューションを海外モバイルキャリアに提供するSymphonyにより攻勢に出るつもりだ。

Symphonyは設立以来、6四半期半で5億ドル(約680憶円)の売上を計上しているが、三木谷氏は受注残高で4,500億円程度を見込んでおり、これにはドイツの新興モバイルキャリア1&1から受注した大型案件も含まれている。2022年12月時点でグローバルでの受注実績は14件あり、顧客は増えている段階だと言う。また、セールスパイプライン[9]に含まれるOpen RAN関連の案件は50%を超えており、同様にSymphonyの売上収益の多くがOpen RANに関する案件となっている。楽天はOpen RANの市場規模は2023年時点で100億ドル規模だが、2027年には380億ドル規模になると見ており、Open RAN市場規模の拡大は同社にとっては追い風となるだろう。ブラウンフィールド[10]事業者もOpen RANには興味を示しており、2025~30年にかけて導入が増えていくと見られる。

楽天モバイルが描く今後の戦略とは

楽天モバイルは引き続き国内での契約回線獲得とARPUの向上、楽天経済圏とのシナジー効果の創出、Symphonyによる仮想化ネットワークやOpen RANソリューションの提供によりモバイル事業の収益拡大を図ろうとしている。

今後楽天モバイルが黒字化し、生き残るためのポイントは3つあると筆者は考える。

  1.  国内でのMNO契約回線数の獲得(少なくとも1,200万契約以上)
  2. ARPUの向上(経済圏によるアップリフトを含む)
  3.  Symphonyのソリューションのブラウンフィールドでの導入

前述のとおり、2022年12月時点での楽天モバイルのMNO回線契約数は449万回線で500万にも満たない。一時は491万回線に達していたが、無料プラン廃止後MNOの解約が続いている。以前三木谷氏は、早期に1,200万契約を達成し、1,500万契約という数字につなげていきたい、という発言をしているが、現状では目標とする1,200万契約には遠く及ばない。ARPUが1,805円でほかのモバイルキャリアと比較しても低いことを考えると、1,200万という数字でも足りないのかもしれない。そうなると、ARPUの向上も同時に必要となるわけだが、ユーザが楽天モバイルを契約する利点は、データ利用量無制限のプランであれば、どれだけ大容量のデータを消費したとしても、料金が3,278円(税込)であるという安さにあるため、簡単に値上げすることはできない。そのため今のビジネスモデルではMNO単体でのARPU向上は難しいだろう。しかし、三木谷氏は楽天経済圏とのシナジーを考慮し、MNOを入り口とした、楽天経済圏とのエコシステムを構築し、楽天グループ全体としての収益拡大を狙っている。確かに2023年2月の決算発表では、1,805円というMNOのARPUにエコシステムのアップリフト効果が加わって、経済圏を含めたARPUは2,510円になると公表されており、楽天がエコシステム全体でのARPU向上に期待している様子が窺える。しかし、エコシステムを含めたARPUも簡単に上昇するとは考えづらい。また、そもそも契約回線数449万のままではARPUが上がったとしてもモバイル事業で足を引っ張るという状況を打開するのは難しいだろう。契約回線数を大きく増やす強力なドライバーとなる何かが必要なのは明白だ。

国内での契約回線数獲得とARPUの向上がそれほど期待できないとなると、Symphonyの海外での活躍に期待がかかる。楽天モバイルの完全仮想化ネットワークの構築やドイツの1&1のモバイル網構築案件の受注など、Symphonyにはこれまでグリーンフィールド[11]でのネットワーク構築・支援実績はあるものの、ブラウンフィールドでの目立った実績はないため、今後、売上を伸ばしていくためには、ブラウンフィールド事業者へのサービス提供実績が必須となるだろう。しかし、ブラウンフィールド事業者へのOpen RAN導入支援となると、NTTドコモが発足したOpen RANの導入支援を行う新ブランド「OREX」が競合となり得る。NTTドコモは、これまでのブラウンフィールド事業者へのOpen RAN導入支援実績をアピールしており、今後楽天モバイルがOpen RANソリューションをブラウンフィールド事業者に販売していくうえでの大きな壁となる可能性がある。

国内での収益拡大がそれほど見込めないため、楽天モバイルの命運はSymphonyがどれだけ海外で売上を伸ばすことができるかにかかっていると言っても過言ではない。幸いにもグローバルでのOpen RAN市場は拡大しており、Symphonyにも売上を伸ばすチャンスはまだあると言える。三木谷氏が繰り返し述べる2023年中のモバイル事業単月黒字化の実現についても気になるところだが、Symphonyの海外市場での売上についても注視が必要だろう。

[1] 無線基地局の仕様をオープンかつ標準化することにより、さまざまなベンダーの機器やシステムとの相互接続を可能とする無線アクセスネットワーク(RAN)のこと。

[2] Average Revenue Per Userの略で、1人当たりの平均売上金額を表す指標。

[3] 従来の専用ハードウェアとそれに一体化したソフトウェアではなく、ハードウェアの機能をソフトウェアに置き換える仮想化技術がエンドツーエンドで導入されているネットワーク。

[4] サービス利用は対象期間のポイントベースでの判定(モバイルも1サービスとしてカウント)。

[5] Over The Topの略で、インターネットを介して動画配信、音声通話、SNSなど、マルチメディアを提供するサービス。

[6] Video On Demandの略で、インターネットを利用して、好きな時間に好きな番組を視聴できる動画配信サービス。

[7] Capital Expenditureの略で、資本的支出を意味する。不動産や設備の単なる修繕費用ではなく、これら資産の価値を維持、向上させるための費用で、資産に計上され減価償却の対象となる。

[8] Operating Expenseの略で、業務費や運営費など事業運営をしていくために、継続して必要となる費用を指す。

[9] 案件の獲得から受注するまでの営業の一連のプロセス。

[10] ブラウンフィールドとは手がついている土地を意味し、ここでは既存モバイル通信事業者のサービスエリアを指す。

[11] グリーンフィールドとは手付かずの土地を意味し、ここではモバイル通信事業に新規参入する事業者がサービスを提供するエリアのことを指す。

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。

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