NAB Show 2018レポート~放送・映像業界の動向と、進む映像コンテンツの多面化

放送・映像業界最大のイベントが今年も開催
2018年4月7日から12日の間、放送・映像業界最大のイベント「NAB Show」が米国・ラスベガスにて開催された。NABはthe National Association of Broadcastersの略であり、米国放送事業者協会のことである。名称としては米国を指すものの、NAB Showには米国の事業者だけにとどまらず、世界150カ国以上から10万人近くが来場し、出展社数は1,700社を超える規模である。通信業界の方であれば、例年スペイン・バルセロナで開催されるモバイル業界最大のイベントMobile World Congress(MWC)と同規模の来場者数と言えば、NAB Showにはあまり馴染みがなくてもその規模をイメージしていただきやすいのではないかと思う。NAB Show 2018ではカメラやその周辺機器などの撮影機材はもちろん、編集機材、編集ツール、さらにはネット配信ソリューションなど、多岐にわたる展示が行われていた。
本稿では、NAB Show 2018現地で感じた放送・映像業界の方向性について、主なブース展示等を取り上げつつ報告したのち、筆者が注目する「映像コンテンツの多面化」について触れたい。

【写真1】例年NAB Showの会場となるラスベガスコンベンションセンター(LVCC)
(出典:文中掲載の写真はすべて筆者撮影)
テーマは「The M.E.T. Effect」
2018年のテーマは2017年と同様「THE M.E.T. EFFECT」。M.E.T.はMedia, Entertainment, Technologyを指しており、「メディア、エンターテインメント、テクノロジーがひとつになることは、単なるワークフロー、レベニューストリーム、ビジネスモデルの効率化にとどまらず、私たちの働き方、日々の過ごし方や楽しみ方を変革する起爆剤となる」という想いが込められている。今年の展示も、コンテンツの高画質化(4K/8K、HDR等)、クラウド等を活用した新たなメディア向けソリューション、ネット配信技術の高度化など、まさに変革の動きが随所に見られる展示会だったと思う。

【写真2】NAB Show 2018のテーマ「THE M.E.T. EFFECT」
方向性1:
映像制作における4K対応はもはや標準に
映像制作に用いるカメラの4K対応はもはや当たり前となりつつあり、8Kを見据える雰囲気が感じられた。例えばシャープのブースでは「8K」の文字が目を引いた。同社製の8Kカメラが設置された8K Shooting Studioでは、モデルがメイクアップする様子を撮影した映像をディスプレイに表示し、その解像度の高さをアピールしていた。ソニーもブース最前面に複数台のカメラとスタジオ設備を設置し、同社製カメラの能力の高さをアピール。スタジオスペースに並べられた色鮮やかな花束が、ディスプレイに表示されたカメラ映像でも美しく表現されていたことは印象深い。業界大手のBlackmagicのブースも大人気で、展示会最終日は訪問客が少なくなったブースも目立つ中、同社ブースは人だかりが絶えず注目の高さを窺わせた。

【写真3】シャープ、業務用8Kカメラ「8C-B60C」などを展示

【写真4】ソニー、8K/4K/HD同時出力可能な「UHC-8300」などを展示

【写真5】Blackmagic、4K/HD対応ハイエンド放送カメラ「URSA Broadcast」などを展示
方向性2:
メディアワークフローにおいてネットやクラウドの活用が進む
制作・編集のワークフローにおいて、ネットやクラウドを活用することも当たり前になりつつある。昨今放送・映像業界では従来のSDI(Serial Digital Interface)伝送から、高い費用対効果が見込めコンテンツフォーマットの自由度が高いIP(Internet Protocol)伝送へとシフトし始めたことで、ネットやクラウドを活用しやすい環境が整い始めている。ソニーは、メディアワークフローを対象とするソリューションとしてここ数年、ネットやクラウドを活用する「Cloud-based ENG(※1) Workflow」を紹介している。その中心である「XDCAM Air」は、米国では2017年6月から提供を開始しているクラウドベースの取材活動向けサービスである。ワイヤレスモデムを内蔵(もしくはワイヤレスモデムを後付け)したカメラを活用し、撮影した映像をワイヤレスネットワーク経由でほぼリアルタイムにクラウド上にアップロードできる。デュアルリンクに対応するため、シングルリンクよりも安定して映像をクラウド上にアップロード可能だ。

【図1】XDCAM air; デュアルリンクにより撮影した
映像を安定してクラウドにアップロード可能
(出典:Sony Cloud-based ENG Workflow
https://www.youtube.com/watch?v=t56fxMTyOQ8)
カメラからアップロードされる映像は、ブラウザーから接続するクラウド環境でほぼリアルタイムに扱うことができる。複数台のカメラから同時にアップロードすることも可能で、それらの一元管理や配信先のコントロールもできる。YouTubeやFacebookなどのSNSにも迅速にアップロードでき、ネット配信との親和性も高いと言えるだろう。

【写真6】XDCAM air; ブラウザーからアクセスしたクラウド環境
また、映像編集関連機器ソフトを提供するAvidは、デバイスや場所に関係なく、映像データにアクセスして作業できるクラウド環境をユーザーに提供する。複数のユーザーが編集作業を共有することもできる。従来は、一般的には専用の機材が設置された編集室で行われていた作業が、ノートPCを使ってブラウザーベースのクラウド環境で気軽に実施できるようになることは、仕事環境としては大きな変革だろう。別の側面では、コンテンツの制作・編集・配信作業におけるクラウドの存在感が増してきている、とも言えるだろう。

【図2】AVIDが提供する「MediaCentral Cloud UX」画面
(出典:Avid MediaCentral Cloud UX https://www.avid.com/products/mediacentral/mediacentral-cloud-ux)
方向性3:
配信ソリューションも高度化
クラウド上のツールで編集された映像コンテンツは、既にコンテンツがネット上にあることから、ネット配信への親和性が高い。ネット配信を行う事業者に配信インフラを提供するアカマイは、近年配信品質維持・向上に注力している。同社はこれまで、ネット上に分散配置した同社のキャッシュサーバーにユーザー企業のコンテンツをコピーし、ユーザーに対しては複数あるサーバーのうちユーザーに近いサーバーからコンテンツを配信する仕組みを構築することにより、安定したコンテンツ配信を実現できる配信インフラサービス(※2) を、配信を手掛ける企業に提供してきた。しかしながら近年のように映像コンテンツのネット配信が浸透し始め、従来のテレビ放送と同じく番組表に沿ってコンテンツが配信されるリニア配信サービスやイベントのライブ配信などが増加する中で、ネット配信に従来のテレビと同様の視聴品質を求める視聴者も増加してきている。そこでアカマイは、配信品質維持・向上のためBOCC(Broadcast Operations Control Center)と呼ぶ自社のオペレーションセンターで配信品質のモニタリングおよびトラブルシューティングを実施している。当然ながら、ベストエフォートを前提とするインターネットでは配信品質を担保することは容易ではないが、ネットでの視聴習慣が広がりコンテンツも従来のテレビとの境目がなくなりつつある近年においては、ネット配信の視聴品質を担保することはもはや欠かせなくなりつつあると言えそうだ。

【写真7】アカマイのBOCCで用いるオペレーション画面の様子
方向性まとめ
このように、カメラ機材の4K/8K対応によるコンテンツの高画質化、そして撮影したコンテンツをクラウド上で管理・編集し、そのままユーザーにネット配信もできる、という、ネットやクラウドを軸としたメディアワークフローの提案・実現が業界としての方向性となってきているようだ。
進む映像コンテンツの多面化
ネットやクラウドの活用が進むことの恩恵として、今回筆者が注目したのは、ネットやクラウドの活用により映像コンテンツを多面的に楽しめるようになってきていることだ。
それが具現化したコンテンツのひとつとして、IBM Watson Mediaを活用した2018年のマスターズゴルフトーナメントが挙げられるだろう。マスターズゴルフトーナメントは、毎年4月に米国オーガスタナショナルゴルフコースで開催される世界屈指のゴルフトーナメントで、世界4大メジャータイトルのひとつにも数えられる由緒ある大会である。そのため、出場できる選手は世界トップクラスのプレイヤーばかりである。
今回のマスターズゴルフでは、モバイルアプリでハイライトシーンを選手毎(※3) に見ることができた。

【写真8】マスターズのモバイルアプリ画面
通常、これだけ多くの選手のハイライトシーンを用意することは容易ではないだろう。編集に人手も時間もかかってしまうからだ。そこでIBM Watsonの出番となる。IBM Watsonでは、カメラで撮影した映像をほぼリアルタイムにデータ化。プレイヤーを判別し、映っているプレイヤー、観客の興奮度等からシーン全体の興奮度をスコア化して、ハイライトムービーを自動生成する。

【写真9】Watsonが自動生成したハイライトシーン
このようにAIが映像をデータ化して自動的にハイライトシーンを作成できるようになると、全選手のハイライトを作ることも可能となる。マスターズゴルフのような、世界屈指のプレイヤーが集う大会は、いずれの選手にも多くのファンが存在する。応援する選手が残念ながらトップ争いに絡むことができなくても、このようにハイライトシーンが用意されていることは、ファンとしては非常に嬉しい。さらにアプリ内では選手のホール毎のスコアはもちろんのこと、全ショットのボールロケーションをホール毎にほぼリアルタイムに表示するなど、これまでのテレビ中継では実現できない、ファンエンゲージメントを高める仕組みが導入されていた。
このように、クラウドAIの活用は非常に強力だ。Watsonの機能として、自動で言語を検出し字幕を生成することも可能であり、シーンにインデックスを付けることもできる。これにより映像内を単語で検索することが可能となる。配信側の編集作業の効率化も期待できるだろうし、場合によっては視聴者自らが求めるシーンを検索することもできるかもしれない。

【写真10】映像内を単語で検索する様子
当然ながら、Watson以外のAIも同領域に対応してきている。MicrosoftのAIソリューションも、映像に映っているモノ・人・音声・字幕・感情についての情報をタイムコード付きのデータとして抽出する。また映像のラフカット編集や、プライバシー/コンプライアンス上最低限必要なモザイク処理などの映像編集すら自動的に行うことも可能となり、映像制作のプロセス自体を大きく変えていく可能性を秘めるものとなっている。AvidがNAB Show期間内に発表したAvid on Demandで提供されるAvid | AIでは、MicrosoftのAIを活用しているという。
AWSも映像内に登場する人の顔や物体などをタグとしてデータ化し蓄積できる。長時間の映像を所定の人物の全映像を含むハイライトビデオに自動変換が可能だ。
まとめ
従来のような人手による編集作業では、コンテンツの容量や編集時間等の制限によって、扱うことのできる映像データの量には限界があり、前述したマスターズゴルフの全選手のハイライトの作成・配信のように、大量のコンテンツをタイムリーに整理・提供することは困難だった。しかしながら、ネットやクラウドを活用したワークフローの登場、AIによる一部編集作業の自動化、そしてネットを活用した幅広い視聴者への配信により、多岐にわたるコンテンツを用意し、それが視聴者へと届けられるようになってきた。従来のテレビ放送などの映像コンテンツでは編集によってひとつのストーリーが作り出されていたが、AI等によって大量の映像データを迅速に処理できるようになったことで、映像コンテンツは多面性をもつことができるようになったと言えるだろう。視聴者の一人としても、コンテンツの楽しみ方がどのように広がっていくか、今後が楽しみだ。
※1 ENGはElectronic News Gatheringの略。
※2 コンテンツ・デリバリー・ネットワーク(Content Delivery Network: CDN)と呼ばれる。
※3 2日間の予選を通過し決勝ラウンドに残った全53選手。
※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部無料で公開しているものです。
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