2017.8.2 法制度 InfoCom T&S World Trend Report

民法(債権法)改正、「定型約款」の法制化~ネットビジネスの成熟に寄与

(c) Richard, Flickr

2017年5月26日に改正民法が国会を通過し成立しました。これは明治29年(1896年)制定の現行民法にとって約120年ぶりの抜本改正であり、私法の根本法であるだけにその影響に注意を払っておく必要がありそうです。施行期日は3年以内と定められていますので、現在のところ2020年中の予定で時間的には余裕がありますが、特に大きな影響が想定される定型約款の新設について考えてみます。

今回の民法(債権法)改正の主要点は、時効に関する規定の整備、法定利率の変動規定の新設、保証債務に関する規定の整備、定型約款に関する規定の新設など多岐に及んでいるのが特徴です。2009年10月の法務大臣の法制審議会への債権法改正の諮問以来、法制審民法(債権関係)部会で改正論議が始まり、2015年2月の答申を経て、同年3月に民法改正法案が国会に提出されて今回ようやく成立したものです。このように発議から7年以上を要した改正作業でしたが、私法の基本となる民法、なかでも取引や契約に関する根本法規であるだけに長期にわたって法律家や法務実務者の間で議論・検討が進められてきました。改正の目的は、(1)民法を国民一般に分かりやすいものとすること、(2)社会、経済の変化への対応を図ることとされ、いわば120年前の民法制定時になぞらえるなら現代版の法務インフラの整備に該当します。この120年の間に確立した判例法理の明文化を進め、実社会で一般に承認されている法理を新設して、多様化やグローバル化が進む現実世界に合致させようとするのが狙いと言えます。EUを始め多くの地域・国において契約法制の現代化・統一化が進んでいる流れに我が国もようやく沿うことができたということです。日本では歴史的に比較法研究に基づいて自身の法制を整備してきましたが、債権法・契約法の分野では国際的に見て遅れてしまっています。

今回の改正の中で、企業法務関係者の間で最も関心が高い条項は、冒頭に指摘した定型約款の新設(改正民法第5款、第548条の2、第548条の3、第548条の4)に関してです。そもそも現行民法には定型約款(以下、約款という)に関する規定は存在せず、約款を用いた契約は実務上、また判例上も認められた法理として機能してきましたので、今回の改正によって実際上の法律関係が影響を受けることはあまりないと考えられます。特に社会で既に広く定着している鉄道、通信、運送、保険、金融など歴史的に確立している約款に基づくサービスには変化はないでしょう。これらの約款に基づくサービスにはそれぞれの分野での業法による定めがあり、規制当局への届出や認可、また消費者への約款掲示やインターネットでの公表義務など各種の規制があり、新たに問題となる機会はほとんどありません。ただ問題となるのは、今回の改正民法では約款の変更に際し、個別の合意なく契約内容を変更できるのは「相手方の一般の利益に適合するとき」と、「契約をした目的に反せず・・・(中略)・・・変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき」との規定が新設されているので、今後の約款の変更にあたっては注意が必要です。特にネットサービス(ICTサービス)では変化が速く激しいだけにサービス内容・条件等の変更が短期間に頻繁に起こる可能性があり、定型取引、すなわち“不特定多数の者を相手方として行う取引(第548条の2)”である以上、約款の変更を行わざるを得ません。長年にわたりサービスを提供してきた通信会社などでは約款の内容や取り扱いにも慣れているので問題となる可能性は低いでしょうが、新規サービスが主体のネット企業では、約款に関する経験や知見の蓄積がどうしても不足しがちであるということが懸念されます。ネットサービスの約款(利用規約というものが多い)の実例では、変更に関する取り扱いが改正民法の趣旨から見て十分に適合しているものか判断に苦しむところが見受けられます。例えば、利用規約を任意に変更できるとか、必要と判断した場合にはいつでも変更できるとの規定が多く見られ、また、事前の通知なしと定めているケースもあります。ネットサービスでは、開始時に約款(利用規約)のインターネット上での“同意”のワンクリックで約定成立となるケースがほとんどなので、利用規約という言葉には特に注意が必要です。加えて、利用規約にはプライバシーポリシーが併せて提示されていることが多く見受けられますし、同意クリックを求められるのが一般的です。プライバシーポリシーと言われると提供者だけが一方的に宣言しているだけのように聞こえますが、これも同意クリックがあったり、利用規約中で引用・参照したりしていれば改正民法に規定する約款に該当するものです。契約や取引になじむ約款という言葉だけでなく、ネットサービスで通常見られる利用規約やプライバシーポリシーにも注意を払ってビジネスとして社会的な定着を図る機会と捉える必要がありそうです。

最後に3年後の改正民法の施行に際しての約款を巡る課題を3点あげておきたいと思います。まず第1に、外国企業への適用問題です。契約の準拠法や裁判管轄などを約款で外国に設定していると我が国民法の適用は困難となり日本の消費者(サービス利用者)には極めて不利な状況が生じます。ネットサービスの執行は日本国内で行われているのに、我が国の民法上の保護が受けられないという事態です。外国企業であるグローバルのネット企業の検索広告サービスでは情報通信関係法令の適用が届かず、業法をはじめ約款や個人情報の取り扱いも我が国法制の対象外となることが多くあります。6月3日に施行となった改正消費者契約法の適用を含めてグローバル取引に対する何らかの法制度上の措置が求められます。

第2は個人情報保護の約款上の扱いです。企業のプライバシーポリシー(利用規約を含めて)が約款の一部を構成するとなると、当然、私法(民法)上の契約義務となりますので契約違反、債務不履行による損害賠償等の責任が生じます。こうなるとサービス提供企業側の遵守体制、変更時の合理性判断基準が要求されますので、約款全般の再点検と組織運営の見直しが必要となります。

3点目は約款に定める契約期間についてです。例えば、通信サービスでは約款上これまでは契約期間の定めを設けることなく提供されてきましたが、最近の電気小売自由化において新規参入事業者であるガス会社や石油元売会社の電気供給の事例では、「電気料金メニュー定義書」において適用期間の規定を設けて1年間としていたり、そもそも「電気需給約款」で契約期間を1年間とする旨の規定を設けていたりする事例が見られます。この場合、契約の継続は期間経過時の更新との扱いとなるようですが今回の約款の法制化との関係は不透明です。ただ、サービス内容等の変化が激しい場合、約款の変更が多発することが想定されるので、こうした更新という措置を設定して対処する方法を検討しておくことも現実的でしょう。

今回の民法改正が約120年ぶりの大改正であり、またグローバル時代の契約法制の法務インフラの整備を目指しているだけに、新しく発生する課題にも十分に対応しておかないと、これからのIoTや情報流通サービス、フィンテックサービスなどの新しいネットサービスの健全な発展に歪みが生ずる結果となってしまうことを危惧します。改正民法がネットビジネスの成熟化に寄与することを願っています。

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