動き出す新たな働き方改革関連法~認知度の向上とICT利活用が改革成功のカギ
2017年3月28日の働き方改革実現会議において、働き方改革実現に向けた実行計画としてロードマップが示された。19の対応策の中には「同一労働同一賃金の実効性を確保する法制度とガイドラインの整備(図1項目(1))」や「法改正による時間外労働の上限規制の導入(同 項目(4))」など、労働関連法の改正により働き方を厳格に見直そうというものも含まれている。この2019年4月には、改正された法令の施行により一部の規制が適用となり、違反した企業は罰則の対象となる。
法令の改正は、アベノミクスの「新・三本の矢」の柱として「一億総活躍社会」の具現化に向けた、国を挙げての動きであり、対象には日本の企業数の99%を占める中小企業も当然含まれる。しかし、施行が目の前というこの時期にもかかわらず、中小企業の法改正に関する認知度は低いままである。改正された法令の適用対象には自社はもちろん、取引先の企業などもすべて含まれる。どのような改正のポイントがあるのか。
本稿では、改正された働き方改革関連法を主に企業側の視点から概説し、今後の展望を考察したい。
すべての企業で義務となる「改正ポイント」
労働基準法をはじめとした働き方改革関連法のうち、ほぼすべての企業に「義務」となるものは以下の3つである。
1. 年次有給休暇の年5日時季指定付与(労働基準法)
2019年4月より、すべての企業に義務化される。
この法改正により、年10日以上の年次有給休暇が与えられる従業員(労働者)に対して、企業側(使用者)は付与日から1年以内に5日を必ず取得させなければならない。もし労働者が自主的に5日以上を消化しない場合は、使用者が労働者の希望を踏まえ日程を決め、必ず消化させなくてはならない。
昨夏にある企業で、上司が部下に対し「全問正解で有給チャンス」などと書かれたメールを回答期限付きで送ったことが話題となったが、この事例までではなくとも、年休を取りづらいという声は少なくない。厚生労働省は我が国の年休取得率を49.4%としており、この実態に速やかに手を入れた格好だ(図2)。
企業側が消化日を指定したにもかかわらず従業員が働いてしまった場合はどうか。この場合も5日の消化対象としてはカウントされず、企業側には「必ず休ませる」ための手立てが必要となる。
2.時間外労働の上限規制(労働基準法)
2019年4月より義務化となる。
これまではいわゆる36協定により、「原則」月45時間かつ年間360時間、というのが時間外労働の上限とされていたが、これには法的な強制力がなく、実際には労使合意による無制限の残業が可能であった。今回の法改正はこれを強制とするものだ。
中小企業は事業への影響が考慮され1年の猶予があり、2020年4月からの義務となる。人材確保等が厳しい一部の事業・業務にはさらに猶予期間・適用除外規定がある。タクシーなどの自動車運転業務や医師、新技術などの研究開発業務従事者がこれに該当する。
従来の働き方では残業規制がかかる場合、企業には削減された労働時間で同等の成果を上げるか、新たな人材を獲得し従業員の総労働時間を減らさないようにするかの対応が求められることになる。
3. 月60時間超過残業に対する割増賃金率引き上げ(労働基準法)
中小企業が対象となり2023年4月から義務となる。
大企業では2010年より適用されていたもので、中小企業における月60時間超の残業割増賃金率を現在の25%から50%に引き上げる。
ちなみにこれらの残業規制に関する罰則は「6箇月以下の懲役又は30万円以下の罰金」である。冒頭に述べたとおりで、この対象となることさえも認識していない企業が少なくないようだ。
その他の働き方関連法の改正ポイント
高度の専門的知識等を必要とし、従事した時間と成果との関連が高くないと認められるいくつかの業務に従事する労働者は高度プロフェッショナルとして、本人が制度の適用に同意するという条件で、時間外や休日労働の規制適用が除外となる制度や、フレックスタイム制の労働時間を精算する期間を現在の1カ月から最長3カ月まで任意で変更できるという制度があり、これらの労働基準法の改正点も2019年4月から適用となる。
また、労働安全衛生法では「労働時間の客観的把握」を2019年4月から義務付ける。これは従来管理の対象外であった裁量労働制の労働者や、労働時間を管理する管理監督者も含めて、労働時間をタイムカードやパソコンの使用時間等で客観的に把握をしなくてはならないものだ。
さらに、労働時間等設定改善法での、前日の勤務終了後から翌日の始業までに一定の休息を設ける「勤務間インターバル制度」の導入促進(2019年4月適用。ただしこれは努力義務とされる)、労働契約法・パートタイム労働法での雇用形態にかかわらず公正な待遇を確保する「同一労働同一賃金」の導入(大企業は2020年4月、中小企業は2021年4月適用)なども、事業運営に影響がありそうな改正ポイントである。
低い企業の認知度
東京商工会議所が、2019年1月9日に発表した調査結果によると、約4割の企業がこれらの法律の内容を「知らない」と回答した。また、従業員規模が小さくなるにつれて認知度は低くなる傾向にあった。
また、働き方改革に関するITソリューションを提供するチームスピリット社の調査結果では、法改正を知らない企業は従業員300名以上の企業で28.8%、300名未満の企業では48.2%であったという。
これまで述べてきたように、4月から義務化され、厳罰の対象となる法改正の認知度の低さは働き方改革の大きな課題となる。
ICTの利活用による効率化の期待
働き方改革関連の法改正に伴い、派遣社員や契約社員などの適正な従業員管理、労働時間の客観的把握などに向け、企業側ではITシステムなどの見直しが必要となるケースもあるだろう。しかし先のチームスピリット社などの調査結果などでは、主に中小企業での認知度の低さを反映し、大半の企業で法改正に対する準備が未着手であるようだ。
時間外労働に対する規制により、現状の業務の継続が危ぶまれる企業も少なくない。例えば放送局の番組制作は、限られた優秀なクリエイターが長時間かけ番組を生み出す業務である。このテレビの現場でもディレクターが45時間で時間外業務を切り上げることになるため、この穴をどのように埋めるのかが喫緊の課題となっている。
一方、事務作業などに関しては在宅勤務による業務効率化が期待できるだろう。弊社の分析結果(図4)によると、ICTを利活用し、リモートワークなどを進めることで実現される業務効率化の効果は、想像以上のものがありそうだ。
冒頭に述べた「一億総活躍社会」が、働き方改革のベースにある考え方である。企業は法改正を正しく認識し、ICTの可能性も踏まえた従業員の生産性向上を目指したい。規制が企業の首を絞め、競争力を奪うばかりとなれば本末転倒である。
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