2019年12月26日掲載 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

妙手で米国通信市場に参入するケーブル事業者系MVNO



2019年9月、米国でAltice MobileというMVNOサービスがローンチした。これは月額20ドルで音声・データの利用が無制限という破格のサービスであり、米国の通信市場における競争環境に新風を巻き起こしつつある。

Altice Mobileを運営するAltice USAは、フランスのSFRやNumericableというブランドで知られた西欧の通信事業者であるAlticeの米国法人だ。Altice USAは2015年に米国のケーブル事業者であるSuddenlink CommunicationsとCablevisionを立て続けに買収して米国市場に参入し、現在ではニューヨーク都市圏や米国南部を主力地域として500万件超の契約数を獲得している。同社は、その後の2018年、Sprintのネットワークを利用したMVNOサービスの提供を開始する計画を発表している。

それから約1年の準備期間を経てAltice Mobileがローンチしたわけだが、驚くべきことに僅か1カ月足らずで15,000件の契約を獲得している。一部では、2021年までに契約数が170万件に達するとも言われている。

Altice Mobileの破壊的な料金

米国のケーブル市場は競争の厳しさが増しており、大手ケーブル事業者であるComcastやCharter Communicationsは最近、相次いでMVNOサービスを提供し始めた。いずれもVerizonのネットワークを利用したもので、前者は2017年5月にXfinity Mobileという、後者は2018年6月にSpectrum MobileというブランドのMVNOサービスの提供を開始している。これらは、Wi-Fiネットワーク、すなわち自社の固定ネットワークをメインに利用することを前提とし、Wi-Fiが利用できない場合のみVerizonのネットワークを利用するというMVNOサービスだ。料金に関しては、音声・データの利用が無制限のプランは共に月額45ドルであり、Altice Mobileは実にこれらの半額以下となっている。そのため、ComcastやCharter Communicationsにとって、Altice USAはかなり厄介な競合として映っているはずだ。

同様に、ARPUが50ドル程度のVerizonやAT&Tにとっても、Altice Mobileは無視できない存在だ。また、月額20ドルという料金は、一般的に格安MVNOとして認識されることの多いBoost MobileやT-MobileのサブブランドであるMetroなどと比較しても、相当に安い水準だと言える。

Altice Mobileの料金プラン

【図1】Altice Mobileの料金プラン
(出典:Altice Mobile)

固定サービスの加入がなくても市場最安

実は、Altice Mobileの月額20ドルというのは、適用されるのに一定の条件がある。その条件とは、Altice USAの傘下であるSuddenlink CommunicationsまたはCablevisionの固定サービスに加入する必要があるというもの。固定サービスがAltice USAの基盤的な事業であることを考えれば、これは当然と言えるだろう。しかし、上述したとおり、Altice USAのサービス提供地域はニューヨーク都市圏や米国南部に限られており、全土に及んでいるわけではない。いずれかの固定サービスに加入しない、あるいは加入できない場合、Altice Mobileの料金は月額30ドルとなる。重要なのは、月額30ドルであっても音声・データの利用が無制限のモバイル・サービスとしては米国市場最安であるという点だ。

Altice USAとSprintとの戦略的互恵契約

このような料金水準を実現している裏側の仕組みを探ってみよう。注目すべきはそのビジネスモデルだ。Altice USAはSprintとMVNO契約を結んでいるが、両社は互恵関係にある。具体的には、Altice USAがSprintのネットワークを利用してMVNOサービスを提供する一方、SprintはAltice USAの固定ネットワークを活用してスモールセルを構築するというものだ。

一般的なMVNOのビジネスモデルというのは、究極的には、仕入れ値(卸料金)と売値(小売料金)の差額が利益になるという単純明快かつ古典的なものだ。これはXfinity MobileやSpectrum Mobileも例外ではなく、多数の契約を獲得すればするほど、提携先のMNOに支払うコストも増大していく。ビジネス構造自体に大差をつけられないことから、一般的なMVNOの料金は一定の水準に収束しやすく、事業者間の差異化が図りにくい。

Xfinity Mobileの料金プラン

【図2】Xfinity Mobileの料金プラン
(出典:Xfinity Mobile)

Spectrum Mobileの料金プラン

【図3】Spectrum Mobileの料金プラン
(出典:Spectrum Mobile)

Altice USAとSprintとの関係はそれとは異なり、互いにキャッシュアウトがない(あっても極めて限定的である)ため、コストを低く抑えられる。この低コストをサービスに反映させることによって実現されているのが月額20ドルというMVNOサービスだ。しかも、両社の契約は非常に相補的で戦略性が高い。実際、SprintのTarek Robbiati CEOは、Altice USAの固定ネットワークを活用してスモールセルを新設する場合、許認可を取得するなどの手続きが不要で、通常のパターンと比べるとスモールセルが稼働するまでのリードタイムを大幅に短縮することができるとコメントしている。特に5Gネットワークではミリ波を含む高い周波数帯域が利用されることから、スモールセルをいかに高密度に配置するかということはどのMNOにとっても避けて通れない課題の一つだ。そのため、MVNO契約と引き換えに、5Gネットワークに必要不可欠なスモールセルを構築するベースとなる固定ネットワークを広範囲に入手できるというのは大きな意味を持つ。特に多くの需要が想定されるニューヨークをはじめとする大都市圏における重要性は非常に高いと言える。さらに、Altice USAにとっては、Sprintのネットワークが増強されれば、自らのMVNOサービスも強化されるという好循環が期待できる。

「フル・インフラストラクチャをベースとするMVNO」

Altice USAが2018年にFCC(Federal Communications Commission: 連邦通信委員会)に提出した文書には「(当社は)フル・インフラストラクチャをベースとするMVNOであり、MNOのパートナーは必要不可欠ではあるものの、利用するのはMNOのRAN(Radio Access Network: 無線アクセス・ネットワーク)のみとなる」との記載の他、「当社のようなフル・インフラストラクチャをベースとするMVNOは、意味のある料金競争、イノベーション、アフターサービスを含めてMNOに対抗し、競争を促進する。一般的なMVNOはMNOの管理の下でサービスを再販することを主たる活動内容としているため、もたらされるイノベーションの程度は限定的だ。また、同じくMNOによって管理されている卸料金と小売料金の差は微々たるものであるため、競争の促進効果も大きいとは言えない。一般的なMVNOは、MNOの単なる拡張器官のようなもので、当社のようなフル・インフラストラクチャをベースとするMVNOと同じ競争力を発揮することはできない」といった自信に満ちた表現が確認できる。

まとめ

月額20ドルという料金は破壊的な水準であり、Altice Mobileは、2012年に第4のMNOとしてフランス市場に新規参入し急成長を遂げているFree Mobileを彷彿とさせる存在だ(Alticeはフランスを主要市場とすることから、Free Mobileについては当然に熟知している)。しかし、冒頭にも記したとおり、Altice Mobileの契約数は2021年末時点でも170万件程度の見通しであり、米国の通信市場全体から見れば、手にしているのはまだ小さなパイにしか過ぎない。また、基盤事業である固定ネットワークのサービス地域が限られているというのも、伸びを妨げる足枷になるかもしれない。

とはいえ、Altice USAのユニークなビジネスモデルは注目に値する。少なくとも、ComcastやCharter Communicationsといった上位のケーブル事業者との競争上では有利になるだろう。また、Sprintにとっても、上位の競合であるVerizonやAT&Tに対して、スモールセル展開にかかる時間やコストの面で優位性を得られるだろう。

米国の通信市場は競争が激しく、料金水準には常に強い下方圧力がかかっている状況だ。そのような中で、かなりの後発として新規参入を果たしたAltice USAはこれまでにはなかった新しいビジネスモデルを持ち込んだ。業界を問わず、ビジネスモデルを異にする新規参入事業者が既存事業者を脅かす存在となることは少なくなく、今後Altice Mobileが米国の通信市場における台風の目となるのかどうか、その動向を注意深く追っていく必要がありそうだ。

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