2020年3月30日掲載 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

企業経営のパラダイムシフト ~イノベーション推進とリスクマネジメントの協調



今月は年度の始めなので、最近見られる企業経営のあり方を巡る大きな話題を取り上げてみます。私は個人として今でも独立社外取締役やそれと類似の監督委員会独立委員を務めていますので、会社法やコーポレートガバナンスコードの動向など企業統治と取締役会のあり方について常日頃から強い関心を持って臨んでいます。これまでにも、この巻頭“論”の場で「ESGにどう向き合うか」(2018.1)、「資本コストを意識した経営を提言」(2018.8)、「コーポレートガバナンス法制、2019年以降に大きな変化」(2019.3)、「親子上場の是非」(2019.11)など、話題の事象が起こる都度取り上げてきました。この間、私自身の考え方は、株主重視の立場と長期の企業価値向上を目指す姿勢との両立を図ることでした。この原則は現在も変わりません。

企業経営のあり方を巡る最近の動きで注目されていることに、①2019年8月に米国経営者団体「ビジネスラウンドテーブル」が発表した“企業の目的に関する声明”で5つのステークホルダー(顧客、従業員、取引先、地域社会、株主)重視の姿勢の表明があり、米国企業が株主の経済的利益創出第一という株主資本主義から変わったと受け止められたこと、②TCFD(気候関連財務ディスクロージャータスクフォース)コンソーシアムの設立など、気候変動リスク・機会を評価・格付けするための情報開示のあり方の提言があり、世界に参加企業が広がっていること、③1月下旬のダボス会議(世界経済フォーラム年次総会)50周年にあたり、気候変動・CO2削減に向けての若者世代からの主張・行動が話題となり、政府機関だけでなく企業においても対応せざるを得なくなっていること、など広くはSDGsの取り組み、特にESGに向けての具体的な方策が今後の企業経営の主要で緊急な課題となっていることがあげられます。さらには、若者世代からの反応と主張では、特に先進各国で世界的に世代間対立の様相を呈するようになっていて、民主主義のあり様はもとより、企業経営にとっても、顧客の選好、働き手の確保、研究開発の動向、ブランドの認識などに影響が大きく、企業価値の持続的成長をも左右する厳しい状況を生み出しています。加えて、金融機関や機関投資家の投融資態度にも厳しい目が注がれていて、E(環境)やS(社会)面で理解され受け入れられる企業活動でないと株価や資金調達に支障が出かねない事態となっています。例えば、石炭産業や石炭火力発電への批判で日本が矢面に立たされていることは、昨年9月の国連の気候変動サミットで存分に示されたところですが、これには日本政府はもちろん、石炭をエネルギー源として使用する関連企業全体(採炭、鉱山機械、石炭火力発電機・タービン、電力企業など)が対象となっています。また、たばこ産業関係もSの健康問題として集中的な批判を浴びていますし、さらには、航空産業までもがCO2排出量の多さから「飛び恥(Flygskam,Flyingshame)」との指摘を受ける状況で、近距離ならできるだけ鉄道での移動をアピールする事態となっています(例えば、KLMオランダ航空では鉄道との連携を進めると発表)。

こうしたなか、株主重視からステークホルダー重視への視野拡大の動きは企業経営に新しい課題を生み出しています。我が国でも既に2017年10月に「伊藤レポート2.0」が発表されて、それまでのROE(目標8.0%以上)と投資家との対話(エンゲージメント)を重視することに加えて、長期的な戦略投資の必要性、具体的には、研究開発投資、人的投資、無形資産投資(IT・ソフトウェア、知的財産、ブランド、顧客基盤等)、M&A投資などを示して中長期の企業価値成長策を提言しています。この戦略投資こそイノベーション推進につながるもので、リスクが伴うことがあっても企業として成長のために本来取り組まなければならないことなのですが、日本企業の水準はどの項目を取っても欧米等と比較して、比率と成長力で劣後している現状にあります。直近ではROEギャップ(ROE-資本コスト)がプラスとなってはいるものの、さらに将来に向けて持続的な企業価値向上を図るためには戦略投資によるイノベーションが絶対に必要です。しかし他方で、失敗や回収期間が長期に及ぶことから、当然、リスクが高まるので、リスク統制(リスクマネジメント)が同時に不可欠です。イノベーションの推進とリスクマネジメントはコーポレートガバナンスにおいて車の両輪であり、そのバランス・協調こそがG(企業統治)の基盤となります。

これこそが企業経営における取締役会の最も重要な役割です。業務執行は経営陣(執行部)に権限を委譲することがあっても、イノベーションの推進とリスクマネジメントは本来的に取締役会に委ねられた権能であって、そこに監督と助言という任務が生ずると考えています。私自身こうしたコーポレートガバナンスの発揮を何より大切にして行動しているつもりです(思い込みに過ぎませんが)。イノベーションの推進とリスクマネジメントの両立を図る上で、とても勇気づけられる新聞記事がありましたのでここで紹介します。それは2020年1月11日の日経新聞朝刊「大機小機」の「独立取締役に期待されること」と題するコラム記事で、その中に「企業によって独立取締役に何を求めるかは様々だが、本来の役割はリスクガバナンスの視点からの『監督』と長期的な視点からの企業価値向上への『助言』だ。」「現場と一体となって取り組むと、同時にその企業が直面する新たなリスクも見えてくる。それらを独立的な立場から冷静に指摘していくことでリスクを回避し、事業のさらなる成長を促進する。」「監督と助言の双方を果たすことは、結果として企業価値向上につながる。」とあります。さらには、評論家的に語るのではなく、他の企業とのオープンイノベーションを後押しするくらいの解決策を示せと手厳しく指摘しています。これでは独立取締役にスーパーマンレベルの経営資質を求めることになってしまい、本当に適任者を探せるのか疑問を禁じ得ませんし、私自身とても十分な役目を果たせそうにありません。ただ、独立取締役に求めることは結局のところ、取締役会の機能そのもの、コーポレートガバナンスの本質的な役割であるイノベーションの推進とリスクマネジメントの両立・協調にあることは確かです。

コーポレートガバナンスの徹底や取締役会の機能向上の取り組みは、ともするとリスク回避、安定志向経営となりがちですが、ROEが10%レベルに改善しつつある今日、イノベーション推進という攻めのガバナンスが日本企業に求められています。イノベーション推進のために必要な長期的戦略投資では、研究開発やM&Aはもとより、国際的に見て低位にある人的資本や無形資産への投資が特に重要です。無形資産への投資には、IT・ソフトウェア、知的財産、ブランド、顧客基盤など多方面の分野があるので、どの領域を目指すのか、どのような組み合わせ(投資ポートフォリオ)を狙うのか、投資のKPIとしてROICの目標をどの程度の水準でどの位の期間で設定するのかなどを取締役会で十分に議論して方向性を打ち出しておく(開示や投資家との対話を含めて)必要があります。企業経営を巡る国際的な動きでは、SDGsでもESGでも新しい視点が求められているので、ステークホルダー重視の企業経営では従来以上に“時間軸と対話”の要素が重要になると思います。そのためには、ステークホルダーとの間で予見可能性を高めて、進捗に応じ待機することも必要となるので、株主の経済価値創出を第一とする従来のパラダイムを脱することが何より大切です。

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