2021.7.15 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

D2D(医師対医師)向け医療ソリューション市場の動向 ~加速するロボティクス・データ×通信×ITの融合

医療業界(診断・治療領域)においては、熟練医の偏在の解消や、医療提供水準の均てん化等、さまざまな諸課題が存在している。

そのような諸課題への対応として、近年、医療ロボティクス・データと、通信、ITを活用したデジタル医療ソリューション(手術支援ロボット、スマート手術室、遠隔手術等)が台頭し、D2D(Doctor to Doctor:医師対医師)領域における医療DX(以下、「デジタル医療」)が急速に進展している。

本稿では、デジタル医療ソリューションの進化プロセスを概観した後、手術支援ロボット、スマート手術室、遠隔手術等、各々の個別市場の動向について展望する。

デジタル医療ソリューションの進化プロセス

まず、我が国おけるデジタル医療ソリューションの進化プロセスについて概観する。

デジタル医療ソリューションの進化プロセスを筆者なりに分類すると、概ね次の4ステップに分類される(図1)。

【図1】医療DXの進化プロセス:製品→デジタルソリューションへのシフト[D2D領域]

【図1】医療DXの進化プロセス:製品→デジタルソリューションへのシフト[D2D領域]
(出典:文中掲載の図表は、一部記載のあるものを除きすべて各種情報より筆者整理)

第1ステップは、医療ロボティクス(手術支援ロボット)の登場で、それにより、低侵襲かつ早期回復の見込める外科的治療が可能となった。

第2ステップは、医療ロボティクスとデータ・AI・IoTの融合ともいえる「スマート手術室」の登場である。

第3ステップは、スマート手術室と通信ネットワーク(光回線、モバイル5G回線等)との融合による「遠隔手術」で、スマート手術室から得られるさまざまな医療情報を遠く離れた場所にいる医師同士で共有しながら、遠隔地にいる熟練医が遠隔操作で現地にいる医師の診療・治療の支援・指導を行うものである。

第4ステップは、VR/AR等の先端ITの活用で、仮想空間上で、診断・治療シミュレーションを行うなど、リアル空間と仮想空間との融合が加速している。

このように、D2D向け医療ソリューションは、医療機器・データ・通信・ITが有機的に融合しつつ、従来の製品ベースから、デジタルソリューションへ急速にシフトしている状況にある。

以下では、それぞれの個別市場ごとの動向を詳述する。

手術支援ロボットの動向

手術支援ロボット市場においては、米国Intuitive Surgical社の「ダヴィンチ」が長らく市場を独占し、同市場に君臨してきたが、「ダヴィンチ」技術の特許の多くが2019年に満了となったことで、同市場にさまざまなメーカー等が参入し、世界各国で手術支援ロボットの開発が加速している状況にある。とりわけ、米Verb Surgical社(2015年にJ&J社とAlphabet社が共同で設立)は、クラウドベースの機械学習機能を搭載した手術支援ロボットを開発中の模様である(図2)。

【図2】手術支援ロボットの主な提供プレイヤー【海外】

【図2】手術支援ロボットの主な提供プレイヤー【海外】

国内においても、ロボット支援手術の保険適用の拡大や、日本のモノづくりの強みを背景に、低価格・コンパクト化を差別化要素として、国産の手術支援ロボットの開発が加速しており、神戸大学は、2021年春を目途に、国産初の手術支援ロボット「hinotori」とモバイル5Gを活用したテレサ―ジェリー(遠隔手術)センターを立ち上げる方針を公表している(図3)。

【図3】手術支援ロボットの主な提供プレイヤー【日本】

【図3】手術支援ロボットの主な提供プレイヤー【日本】

手術支援ロボットのグローバル市場規模は、2020年の67億ドルから、2025年には118億ドルにまで拡大していく見通しである(グローバル・インフォメーション「手術ロボットの世界市場:製品/サービス別・用途別・エンドユーザー別の将来予測」)。

スマート手術室の動向

次に、医療ロボティクスと、データ・IoTの融合の観点からスマート手術室の動向について述べる。

手術室内の各種医療機器をIoTを活用して連携・ネットワーク化し、手術室全体をIoT化して実際の治療に活用するスマート手術室が開発・実用化されている。

スマート手術室向けソリューションは日本が先導している市場領域であり、その代表的なソリューションが「SCOT」(Smart Cyber Operating Theater)である(図4)。

【図4】スマート手術室システム[SCOT]の概要

【図4】スマート手術室システム[SCOT]の概要

「SCOT」の特徴は、技術仕様が異なるほぼすべての医療機器(生体情報モニタ、電気メス、MRI装置等)がミドルウェア「OPeLiNK」によってネットワーク化され、術者がさまざまな利用機器の情報を参照しながら手術を行うことができることである。

「SCOT」は、AMED(日本医療研究開発機構)のプロジェクトとして、5大学11社が参画し、2014年度から5年間をかけて開発が進められ、現在は、広島大学、信州大学、東京女子医科大学等において導入されている。また、東南アジアからの引き合いも多く、将来的には中東、欧州でも普及を狙っていく方針である。

さらに、「SCOT」プロジェクトでは、「臨床情報解析システム(Clinical Information Analyzer)構想」という、さらなる進化構想が掲げられている。

同構想は、電子カルテや、過去の症例データベース、SCOTから得られる術中情報等を1つのデータウェアハウスに統合的に蓄積し、同統合データをAI/BIツールにより分析・解析しながら、未来の予測結果をプロアクティブに提示(未来予測提示)し、術中における術者の意思決定を支援する取り組みであり、未来予測による医療(Future prediction therapy)の実現を目指すものである(図5)。

【図5】臨床情報解析システム(CIA: Clinical Information Analyzer)構想

【図5】臨床情報解析システム(CIA: Clinical Information Analyzer)構想
(出典:正宗 他「術中の迅速な判断・意思決定を実現するスマート手術室SCOTのさらなる展開」、『MEDIX VOL.67』)

遠隔手術の動向

次に遠隔手術の動向について述べる。遠隔手術の歴史を振り返ると、2000年代前半に米国、フランス等で実施されてきたものの、通信ネットワーク回線料が高額になることや、通信のセキュリティ、通信遅延等が担保できずに開発が棚上げされてきた。

ところが、近年、通信ネットワークの高度化や、手術支援ロボットの発達等を踏まえ、遠隔手術の実施環境が再整備されてきたことを背景に、グローバルレベルでも遠隔手術が再加速する兆しである(図6)。

【図6】遠隔手術の動向[海外]

【図6】遠隔手術の動向[海外]

とりわけ、中国では、モバイル5G環境下では世界初の(完全)豚の肝小葉の切除手術が遠隔手術にて実施された。

国内では、東京女子大学とNTTドコモが、大型トラックの中にスマート手術室「SCOT」を搭載した「モバイルSCOT」の実用化を目指している。トラックに搭載したスマート治療室をモバイル5Gで接続し、遠方にいる専門医師が遠隔で診断・治療を行うようなユースケースが想定されている。

また、2021年2月には、日本外科学会が、国産の手術支援ロボットを活用し、医師が遠隔地にいる患者を想定して模擬的に手術を行う遠隔手術(支援)の実証実験を開始した(青森県の「弘前大学(弘前市)」から約150㎞離れた「むつ総合病院(むつ市)」に設置したロボット本体を遠隔操作して模擬手術を実施)。

このように遠隔手術に向けてはさまざまな事業者や機関がその取り組みを加速している状況にあるが、制度的環境も整備されつつある。

2019年6月、厚生労働省の検討会は、医療ロボットによる手術を遠隔操作で行うことを(一部)解禁するオンライン診療指針の改定案を了承し、ロボット支援手術の全国的な普及や、高速通信ネットワーク技術等の発達を踏まえ、外科医療についても新たに遠隔手術がオンライン診療の対象に加えられた。同指針改定案では、遠方にいる医師以外には難しい手術で、体力的に患者の移動が難しい場合に限って実施を認める。主治医が患者のそばにいて、通信環境を事前に確認してトラブル時に主治医が手術を継続できる体制を作ることなどを条件とした。対象疾患や手術体制などは、各学会が2021年度中にガイドラインを定め、数年内の実用化を目指すとされている。

また、遠隔医療向けのVR/ARアプリ等の開発や実証実験も活発化している。

主な代表事例を挙げると、英国のProximieは、音声や動画、ARを活用して遠隔で外科医を教育指導・支援するためのソリューションを提供しており、英国防省の野戦病院や軍艦の他、新型コロナウイルス感染症の医療現場でも活用され始めている。

また、KDDIは防衛医科大学、Synamon社と共同で、360度カメラや、VR、モバイル5Gを活用して遠隔地からトリアージ(傷病者の緊急度に応じて、搬送や治療の優先順位を決めること)が可能か否かの実証実験を実施している。

このように、遠隔手術そのもののソリューションのみならず、周辺市場向けの関連技術の開発や実証実験も活発化している。今後、VR/AR等の活用を軸に、リアル空間とバーチャル/サーバー空間の融合がますます進展していきそうな情勢である。

おわりに

本稿では、デジタル医療ソリューションの進化プロセスを概観した後、手術支援ロボット、スマート手術室、遠隔手術等、各々の個別市場の動向について展望した。

D2D医療ソリューション市場のデジタル化/IT化の動きは今後、さらに加速していくものと想定され、当該ソリューションを支える高速・広帯域の通信ネットワークや、ネットワーク系付加サービス(セキュリティ等)、ITシステムの役割はますます高まるものと考えられる。

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