2021.10.14 InfoCom T&S World Trend Report

米国刑事施設における不正持ち込みワイヤレス機器対策

2021年8月13日、米国の連邦官報に「刑事施設における不正持ち込み無線機器使用対策に関する技術的ソリューションの促進」[1]と題した文書が掲載された。これは7月12日に連邦通信委員会(FCC)が採択した決定[2]を受けて、刑務所や拘置所などの刑事施設に不正に持ち込まれたワイヤレス機器の利用を阻止するためのシステム導入手順を明確化するものである。本稿では、決定に至った経緯とその内容を簡単に紹介する。

1.ワイヤレス機器の不正持ち込み問題

受刑者が刑事施設に収監される際には、所持品検査が実施され、施設の安全な運営を損なう可能性があると判断されるものは「禁制品(contraband)」として没収される。かつては武器や麻薬がその代表格だったが、最近ではスマートフォンなどの電子機器の持ち込みが大きな問題になっている。米国では2010年に「携帯電話禁制品法」[3]が成立し、連邦刑事施設に持ち込むことができない製品リストに「携帯電話などの無線機器」が明記され、州レベルでも同様の規制が導入されてきた。したがって、スマートフォンを刑務所などに持ち込むことは、通常は禁止されており、発覚すれば処罰の対象となる。

しかしながら法規制だけでは十分に取り締まることが出来ていないのが実情である。フットボールの中に隠して投げ入れたり[4]、ドローンを利用して空から落とす[5]など、塀の外から受刑者に禁制品を届けようとするケースは後を絶たない。また刑務官が仲介して品物を届ける場合もある[6]。少し古いデータではあるが、連邦刑務局の2016年のレポート[7]によれば、2012~2014年度の3年間に没収された禁制品のトップは「携帯電話」で8,728件、2位が「武器」で6,716件、3位が「麻薬」で3,713件であった。

不正に持ち込まれた携帯端末の使われ方は多様である。なかにはソーシャルメディアを通じて施設内の様子を発信する[8]という比較的平和な用途もある。しかしながら証人や被害者・取り調べに当たった警察官への脅迫、脱獄の計画、犯罪の指示など、追加的な犯罪行為に利用されるケースも多い。昨年、アラバマ州の刑務所で、受刑者が他の受刑者の家族を刑務所内から脅迫するという事件[9]があったのだが、FCCのRosenworcel委員長代行によれば、このような事件は米国では珍しいことではない[10]のだという。「持ち込み禁止」という運用だけでなく、不正に持ち込まれてしまった機器を技術的に利用できなくする対策が求められてきているのだ。

2.不正利用対策とFCC決定の内容

刑事施設内に不正に持ち込まれてしまったワイヤレス機器を利用できなくする方法はいくつか考えられる。まずは妨害電波を飛ばして利用できなくするという「ジャミング」と呼ばれる手法がある。しかしながらこれは「法的に許容されるのかどうかが曖昧」[11]であり、また、周辺地域における合法な通話への影響も懸念される。次に端末の位置情報を活用して施設内の端末を利用不能とするというやり方がある。一般に「ジオフェンシング」と呼ばれる手法であるが、端末側で位置情報機能をオフにすることで回避されてしまう可能性がある。

そのため現在用いられているのは、域内の通信を管理するMAS(managed access system)と呼ばれる方式でCIS(contraband interdiction systems)を構築する対策である。具体的には、対象となる刑事施設の周囲にアンテナを設置し、周囲にある携帯電話の無線塔から施設内へ着信する通信、及び、施設内の機器から周囲の無線塔に発信される通信の電波を捕捉する。そして認められていない端末の通信について通信事業者にブロッキングを要請するという運用になる。

今回のFCC決定はそうしたシステムを導入・運営していく際のルールを明確化するものである。まずシステムの導入にあたっては、CIS事業者を認可する際の基準として;①システムに利用されるすべての無線機器がFCC基準に適合すること、②当該刑事施設内にある機器のみを対象としていること、③分析手法が機器の位置を十分に特定できる能力を有すること、④収集した情報が当該目的のためだけに利用されること、⑤緊急通報(911通話)には干渉しないこと、の5項目を明示した。また正式なサービス提供を開始する前に、実地でのトライアルを実施すべきことも定めた。

運用に関しては、通信の利用停止を求めることができる資格を「当該刑事施設の管理運営に責任を負う政府の職員」に限定した。米国では刑務所の運営が民間企業に委任されているケースもあるが、その場合も、責任を負う州や郡、連邦などの政府機関でなければ通信利用の停止を求めることはできない。迅速な対応を可能にする必要性を認識しつつ、「通信の遮断」という措置の重大さを考慮して、バランスを取った格好である。

3.今後の検討課題

前述のとおり米国では現在、刑事施設内の通信を管理するためにMASと呼ばれる方式が採用されている。しかしながらこの方式の場合、システムを導入する際に少なからぬ設備投資が必要になり、運用面での負担も小さくない。また現行のMASは、第2世代(2G)と呼ばれる古い携帯電話ネットワークを利用しており、携帯電話事業者のネットワーク更新に対応してアップデートする必要がある。

そのためFCCは今回の決定に併せて、将来の対策をどのような技術で行うべきであるのかについても意見を求めている。刑事施設内及びその周辺を携帯電話が利用できない「クワイエット・ゾーン」にしてしまう方式、ネットワーク側で端末の位置情報を特定する「ネットワーク・ジオフェンシング」方式、「ビーコン」を利用して端末を利用不能にする方式、「MAS Evolved」と呼ばれる現行システムの進化版など、さまざまなソリューションについて幅広く意見を求め、最も効率的かつ持続可能な対策を検討していく方針である。

[1] Federal Register(2021).“Promoting Technological Solutions To Combat Contraband Wireless Device Use in Correctional Facilities” (https://www.federalregister.gov/documents/2021/08/13/2021-15748/promoting-technological-solutions-to-combat-contraband-wireless-device-use-in-correctional)

[2] FCC(2021). “FCC21-82 SECOND REPORT AND ORDER AND SECOND FURTHER NOTICE OF PROPOSED RULEMAKING in the matter of Promoting Technological Solutions to Combat Contraband Wireless Device Use in Correctional Facilities ; GN Docket No. 13-111”(https://www.fcc.gov/document/fcc-requires-disabling-contraband-phones-correctional-facilities)

[3] Congress.gov(2010). “Cell Phone Contraband Act of 2010”(https://www.congress.gov/bill/111th-congress/senate-bill/1749)

[4] AP(2019). “Contraband found in football launched into Arkansas prison”(https://apnews. com/article/ed55e1b200d04a8e8bf352d66966d9d9)

[5] DoJ(2021). “Two brothers sentenced in scheme to use drone to smuggle contraband into a Georgia state prison”(https://www.justice.gov/usao-sdga/pr/two-brothers-sentenced-scheme-use-drone-smuggle-contraband-georgia-state-prison)

[6] DoJ(2021). “9 Department Of Correction Officers And Employees Charged With Taking Bribes To Smuggle Contraband To Inmates At New York City Jails”(https://www.justice.gov/usao-sdny/pr/9-department-correction-officers-and-employees-charged-taking-bribes-smuggle-contraband)

[7] DoJ(2016). “Review of the Federal Bureau of Prisons' Contraband Interdiction Efforts”(https://www.oversight.gov/sites/default/files/oig-reports/e1605.pdf)

[8] Vice.com(2020). “Prisoners Are Going Viral on TikTok”(https://www.vice.com/en/article/7k9bzd/ prison-inmates-are-going-viral-on-tiktok)

[9] New York Times(2020). “‘Or I Will Stab You Right Now’: A Family’s Prison Extortion Nightmare”(https://www.nytimes.com/2020/09/08/us/alabama-prisons-extortion-cellphones.html)

[10] Rosenworcel委員長代行は7月12日のFCC決定に際し声明を公表し、「このような恐喝行為は国中の刑務所や拘置所で起きている(these kinds of blackmail schemes are happening in prisons and jails across the country)」と述べている。

[11] 連邦通信法333条において米政府から免許を付与された無線局の通信を妨害することは違法と規定されている。

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部無料で公開しているものです。



当サイト内に掲載されたすべての内容について、無断転載、複製、複写、盗用を禁じます。InfoComニューズレターを他サイト等でご紹介いただく場合は、あらかじめ編集室へご連絡ください。また、引用される場合は必ず出所の明示をお願いいたします。

情報通信総合研究所は、先端ICTに関する豊富な知見と課題解決力を活かし、次世代に求められる価値を協創していきます。

調査研究、委託調査等に関するご相談やICRのサービスに関するご質問などお気軽にお問い合わせください。

ICTに関わる調査研究のご依頼はこちら

関連キーワード

清水 憲人 (Norito Shimizu)の記事

関連記事

InfoCom T&S World Trend Report 年月別レポート一覧

2024(27)
2023(91)
2022(84)
2021(82)
2020(65)
2019(70)
2018(58)
2017(32)
2016(26)
2015(26)

メンバーズレター

会員限定レポートの閲覧や、InfoComニューズレターの最新のレポート等を受け取れます。

メンバーズ登録(無料)

各種サービスへの問い合わせ

ICTに関わる調査研究のご依頼 研究員への執筆・講演のご依頼 InfoCom T&S World Trend Report

情報通信サービスの専門誌の無料サンプル、お見積り

InfoCom T&S World Data Book

グローバルICT市場の総合データ集の紹介資料ダウンロード