2022.1.11 ICT利活用 InfoCom T&S World Trend Report

商用化が始まっている中国の自動運転サービス

image: marcinjozwiak - Pixabay

はじめに

自動運転の実用化に向けた技術開発や実証実験などの取り組みが各国で進められている。日本では、政府の「成長戦略」[1]や「官民ITS構想・ロードマップ」[2]などにおいて、自動運転の社会実装などの目標が掲げられており、地域が抱えている運転者不足などの社会課題への解決手段として期待される。一方、米国と中国では自動運転サービスの商用化が進展している。米国のCruiseとWaymoの両社は2021年9月30日にカリフォルニア州で自動運転の商用サービスの提供許可を取得した[3]。一方、中国の大手プラットフォーマーのBaidu(百度)は2021年4月22日に滄州市で自動運転の商用化(料金徴収可能)サービスをリリースした後、現在は滄州市、北京市のパイロットエリアでサービスを提供している[4]。本稿では、Baiduが提供している自動運転サービスを中心に、中国の自動運転の最新動向を紹介する。また、自動運転の安全性向上の課題への解決手段として、Tencent(騰訊)によるゲーム開発を生かした走行テスト用のシミュレーションプラットフォーム構築の取り組みを紹介する。

自動運転のレベル分け

自動運転のレベル分けの定義については、米国の自動車技術者協会(SAE)による定義J3016が最も広く採用されており、同定義では運転に関与する主体などによって、運転自動化のレベルを0~5の6段階に分けている。中国においても、これまではSAEによる自動運転レベルの定義が採用されてきたが、国内の自動運転市場の発展状況に合わせ、工業・情報化部(MIIT)および関連機関、企業が共同で自動運転レベルの定義に関する標準規格「汽车驾驶自动化分级(自動車運転自動化レベル分け)」を制定し、中国国家標準化管理委員会が2021年8月20日に公表しており、2022年3月1日より運用開始予定である。表1は、自動車運転タスクへの関与主体など、自動運転のレベル分けの基準について、米国SAEの定義と中国国家標準化管理委員会の定義をまとめ、比較したものである。中国の定義がSAEの定義に比べて大きく変化した点として、レベル0においても、システムが緊急時の運転タスクへ関与する点が挙げられ、「運転自動化無し」ではなく、「緊急運転支援」と定義されている。また、どちらの定義においても、レベル0~2の運転主体は運転者であり、レベル3~5の運転主体はシステムになる。なお、主要国・地域が公表している自動運転関連のロードマップでは、概ね2020年代にレベル4の実用化・商用化を目標としている(表2)。

【表1】自動運転レベル分けの基準(中国*・米国†) (出所:中国国家標準化管理委員会「汽车驾驶自动化分级(Taxonomy of driving automation for vehicles)」(2021年8月)、SAE International J3016(2016)"Taxonomy and Definitions for Terms Related to Driving Automation Systems for On-Road Motor Vehicle”、JASOテクニカルペーパ「自動車用運転自動化システムのレベル分類及び定義」(2018年2月1日)より作成)

【表1】自動運転レベル分けの基準(中国*・米国†)
(出所:中国国家標準化管理委員会「汽车驾驶自动化分级(Taxonomy of driving automation for vehicles)」(2021年8月)、SAE International J3016(2016)"Taxonomy and Definitions for Terms Related to Driving Automation Systems for On-Road Motor Vehicle”、JASOテクニカルペーパ「自動車用運転自動化システムのレベル分類及び定義」(2018年2月1日)より作成)

* 中国国家標準化管理委員会が2021年8月20日に公表した自動車の運転自動化レベル区分の標準規定「汽车驾驶自动化分级(Taxonomy of driving automation for vehicles)」による。
http://openstd.samr.gov.cn/bzgk/gb/newGbInfo?hcno=4754CB1B7AD798F288C52D916BFECA34

SAE International(Society of Automotive Engineers、米自動車技術者協会)が2014年に公表した"Taxonomy and Definitions for Terms Related to Driving Automation Systems for On-Road Motor Vehicles”(2016年、2018年、2021年改訂)及び、その日本語参考訳であるJASO TP18004による。
https://www.sae.org/standards/content/j3016_202104/
https://www.jsae.or.jp/08std/data/DrivingAutomation/jaso_tp18004-18.pdf

【表2】主要国・地域の自動運転ロードマップ

【表2】主要国・地域の自動運転ロードマップ

自動運転の主な利用シーン

自動運転の主な利用シーンとしては、産業用(工場AGV、採掘トラック、港湾ロボットなど)、サービス用(清掃ロボット、無人配送車、無人販売車など)、貨物輸送用(無人トラック)と乗客用(無人タクシーなど)などがある。これらの利用シーンの中でも、無人タクシーなど乗客用の自動運転の利用シーンは、運転中の天候・道路状況などの複雑性に加えて、高いレベルの安全性の確保とスピードが求められるため(図1)、商用化の実現が比較的に難しいとされている。中国における自動運転分野の主要プレーヤーのBaiduは2013年から自動運転分野に参入し、自動運転プラットフォーム「Apollo」を2017年にリリースして以降、Robotaxi(無人タクシー)の実証実験に取り組んできており、2021年には限定地域での商用化サービスを開始した。

【図1】自動運転の主な利用シーン

【図1】自動運転の主な利用シーン
(出所:「践行安全理念,探索商业前景-美团无人配送安全应用的商业前景」(夏華夏, 美団副総裁・スマート交通プラットフォーム総裁, 2021世界智能網聯汽車大会, 2021年9月26日, 北京))

Baidu「Apollo」Robotaxiの商用化

中国では、北京や長沙、杭州など26の都市で自動運転の走行テストが進められている。特に北京市では自動運転の商用化を推進しており、2020年に14の自動運転関連企業が市内で走行テストを行い、公道テストの走行距離が221.34万km、搭乗者を乗せての走行距離が102.16万kmに達している。走行テストを実施した企業の中で、テスト車両数が最も多いのがBaiduであり、約全体の7割を占める(表3)。同社の公表情報によれば、レベル4の自動運転テストの累計走行距離は1,600万kmを超え、2021年12月4日時点、北京、上海、広州、長沙、滄州、重慶の6都市において試験的に自動運転の配車サービスを提供しており、総利用回数は11.5万回である[5]。今後同社はサービスエリアを65の都市までに広げる予定である。

【表3】北京市自動運転テスト車両数と走行距離(2018~2020年累計)

【表3】北京市自動運転テスト車両数と走行距離(2018~2020年累計)
(出所:中关村智通智能交通产业联盟、北京智能车联产业创新中心「北京市自动驾驶车辆道路测试报告(2020)」(北京市自動運転車両道路テスト報告))

2021年4月22日に、Baiduは河北省滄州市で自動運転の配車サービスの支払い機能をリリースし、一部の試験エリアでの自動運転サービスの商用化を始めた。滄州市に次いで、11月25日からは北京市の経済技術開発区においても有料の自動運転配車サービスを提供し始めている。北京市での初期段階のサービスエリアについては、経済技術開発区に600以上のサービスステーションを設置し、区内の60km²範囲のエリアをカバーしているという[6]

Baiduの自動運転配車サービスは専用の配車アプリ「萝卜快跑」(図2)で利用可能である。同社の調査によれば、アプリで配車依頼をすると、平均で10分以内にタクシーが乗車地に到着する。乗車した後、車内に設置されたタッチパネルに携帯電話番号の下4桁の数字を入力して認証(図3)すれば、タクシーが自動運転して目的地に向かう。現時点では法規制で運転席に「安全員」が乗車する必要があるが、ほとんど自動運転に介入しないということである。また、自動運転システムの作動に問題がある場合は、乗客は同社の遠隔運転サービスの「5Gクラウド運転代行」も利用できる。さらに、臨時交通規制や緊急事態などにより、自動運転タスクを処理できない状況にある時は、車両は自らクラウドに遠隔支援を要請し、遠隔にある運転車(コックピット)を使ってスタッフが代替で車両を操縦する(図4)。

【図2】Baiduの自動運転タクシー配車アプリ「萝卜快跑」

【図2】Baiduの自動運転タクシー配車アプリ「萝卜快跑」
(出所:Baidu公式SNSより)

【図3】Baiduの自動運転タクシーに設置したタッチパネル

【図3】Baiduの自動運転タクシーに設置したタッチパネル
(出所:Baidu公式SNSより)

【図4】Baiduの5Gクラウド運転代行

【図4】Baiduの5Gクラウド運転代行
(出所:「百度世界大会2021」https://live.baidu.com/m/media/pclive/pchome/live.html?room_id=4653377479&source=h5pre)

料金の仕組みは通常の配車サービスを参考にして設定されており、初乗り運賃プラス距離ごとの加算運賃になる。現地メディアの報道によれば、4kmの距離で料金が36元(約643円)になるが、クーポンを利用したことで支払金額は1.8元であったということだ[7]

また、サービスの提供時間は7時~23時で、通勤・帰宅のラッシュ時に従来の移動手段を補完すると期待されている。利用実態を見ると、登録ユーザー数は10万人を超えており(商用化以前の登録も含む)、月間アクティブユーザー数が約2.9万人で、4割以上はヘビーユーザーである[8]。自動運転タクシーの利用シーンとして、最も多いのは、娯楽/友人に会うための移動で全体の6割を占めている。次いで、通勤、買い物、乗り換え、通学などのシーンで利用されている[9]。さらに、自動運転タクシーを利用する理由として、「日常的なニーズが満たされる」の他、7割の利用者は「ハイテクの移動手段を体験する」という動機で利用しており、中国では新しいテクノロジーによるサービスは社会的に受け入れられやすいということがうかがえる。

Baiduは自動運転タクシーに中国第一汽車と共同開発した、Apollo第4世代車である国産ブランド紅旗のEV車(図5)を採用している。今後は北京汽車集団傘下のハイエンドEVブランド「ARCFOX(極狐)」と共同開発した、自動運転レベル5を実現できるApollo第5世代車「Apollo Moon」を投入する予定である。「Apollo Moon」はARCFOXの第4世代車に比べ、性能が10倍以上に向上するだけでなく、コストが48万元に低減し、業界平均の1/3になる[10]。自動運転タクシーのコスト低減は自動運転サービスの商用化を加速させ、従来のモビリティサービス市場に変革をもたらすだろう。

【図5】Baiduの自動運転タクシーの外観と車内

【図5】Baiduの自動運転タクシーの外観と車内
(出所:Baidu公式SNSより)

自動運転走行テストシミュレーションシステム

自動運転の実用化の上で最も重要な課題は安全性向上である。自動運転の安全性を向上させるには、様々な状況において走行テストを行う必要がある。米国ランド研究所の調査によれば、自動運転車が人間の運転する自動車より安全性を20%改善するためには、110億マイルの走行距離が必要になる[11]。このため、自動運転業界では走行テストに大量の資金と労働コストを投入している。こうした実世界での走行テストによるコストを削減するために、シミュレーションシステムを利用してテストを行う企業が多い。例えば、米Waymo社は0.2億マイルの走行テストを行ったのに対して、シミュレーションシステムを利用したテストの走行距離が150億マイルに達した。

中国のTencentは自社のゲーム分野での強みを生かし、ゲームエンジンなどのゲーム開発の技術を活用して、自動走行テストシミュレーションシステムを開発した[12]。目標は映画「Ready Player One」の仮想空間「OASIS」のような、実世界を仮想空間に再現するシステムを構築することである。ただ、この仮想空間にアクセスするのは人間のゲームプレーヤーではなく、テストされる自動運転のアルゴリズムである。例えば、ゲーム開発にも使われるRendering Engineを使用して、走行テストシミュレーション用に様々な実世界の走行シーンなどを再現することができる。また、自社のMMO(Massively Multiplayer Online)ゲームの開発に使われているリアルタイム技術を活用した、走行テストシミュレーションシステム上の地図情報や運転データのリアルタイム伝送も確立している。走行テスト用のシミュレーションを活用することで、コスト削減の他、実世界でテストを実施する際に発生するリスクを回避することができる。

まとめ

本稿ではBaiduの自動運転サービスの商用化を中心に、中国における自動運転の最新動向を紹介した。自動運転にはコストと安全性などの大きな課題があることから、乗客用の自動運転の実用化や商用化は、産業用などよりも時間がかかる。中国の自動運転分野のプレーヤーは、積極的に実証実験を行っており、自動運転システムの提供企業と自動車メーカーが協力して自動運転車のコストパフォーマンスを改善し、ゲーム開発の技術で走行テスト用のシミュレーションを開発するなど、乗客用の自動運転の商用化の実現に取り組んでいる。こうした企業側の取り組みに加えて、中国では社会的に新しいテクノロジーとサービスの受容度も高く、自動運転タクシーは一部のエリアで商用化の段階に入った。自動運転タクシーの参入により、モビリティサービス市場がどのように変化していくのか、また、自動運転サービスがサービス内容の改善などを行いつつ、どのように普及していくのかが注目される。

[1] 内閣府成長戦略会議「成長戦略フォローアップ」(2021年6月18日)https://www.cas.go.jp/jp/ seisaku/seicho/pdf/fu2021.pdf

[2] 内閣府高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部「官民 ITS 構想・ロードマップ」(2021年6月15日)http://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/kettei/ pdf/20210615/roadmap.pdf

[3] https://www.reuters.com/technology/gms-cruise-gets-permit-give-driverless-rides-passengers-san-francisco-2021-09-30/

[4] Baidu「2021百度自动驾驶出行服务半年报告(2021 Baidu自動運転移動サービス半年報告)」(2021年9月29日)


[5] 「百度Q3财报超预期:总营收319亿元,净利润50.9亿元」(2021年11月17日)https://home.
baidu.com/home/index/news_detail/id/17972

「近60个站点、直通万达广场 重庆市民可“尝鲜”萝卜快跑自动驾驶出行服务」(2021年12月4日)https://mp.weixin.qq.com/s/hoKDTgRTPh8V3 Rz686oz9A

[6] 「百度Apollo率先取得北京商业化服务试点许可,“萝卜快跑”迎来商业化第一单!」(2021年11月25日)https://mp.weixin.qq.com/s/mGTy8Exd3CQ3 bXPQ12HuWw

[7] 「北京开放自动驾驶出行商业化试点」(2021年11月28日)http://www.news.cn/local/2021-11/28/c_1128108187.htm

[8] 「实探全国首个自动驾驶出行服务商业化试点 自动驾驶进入“下半场”出行市场格局料生变」(2021年11月26日)https://www.cs.com.cn/cj2020/ 202111/t20211126_6223148.html

[9] Baidu「2021百度自动驾驶出行服务半年报告(2021 Baidu自動運転移動サービス半年報告)」(2021年9月29日)

[10] 「完全无人驾驶量产车Apollo Moon全球首秀 成本48万能力翻10倍」(2021年6月17日)https://home.baidu.com/home/index/news_detail/id/17965

[11] “How Many Miles of Driving Would It Take to Demonstrate Autonomous Vehicle Reliability?”, RAND Corporation (2016) https://www.rand.org/content/ dam/rand/pubs/research_reports/RR1400/RR1478/RAND_RR1478.pdf

[12] “Tencent Game Developers Conference”, (2021/11/22)

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