2023.8.10 ITトレンド全般

韓国における通信ネットワーク事業者とプラットフォーマーの議論の現状

Image by Gerd Altmann from Pixabay

欧州ではBT、Deutsche Telekom(DT)、Orange, Vodafoneなどの大手通信ネットワーク事業者がGoogle, Apple, Facebook(現Meta)、Amazonなどに代表されるプラットフォーマーに対して、「通信ネットワークに多大なデータトラフィックで負荷を与えているため、ネットワーク投資コストの一部を負担すべきである」という主張を強めている。

欧州の通信ネットワーク事業者(ISP)は欧州規制当局に対して、Google、Apple、Facebook、Amazonなどのプラットフォーマーがインターネットのトラフィックの大部分を占めているとして、相応の財政的負担を求めた。2021年11月にはISP13社のCEOがプラットフォーマーにネットワーク更新費用の一部を負担するよう求める共同声明を発表。昨年5月には、BT、Orange、DTなどをメンバーとするISPの団体ETNO(European Telecommunications Network Operators’ Association)が、Google、Facebook、Netflix、Apple、Amazon、Microsoftの6社だけで2021年の世界の全データトラフィック(固定およびモバイルネットワーク)の56%超を占めるとする報告書をまとめた。今後、メタバースや5Gを含め、増大する膨大な量のデータに対応するにはインフラの大規模なアップグレードが必要となるが、そのための資金として使用料を課す、いわばフェアコントリビューション(公平貢献)の導入を求めているのだ

欧州連合(EU)欧州委員会のティエリー・ブルトン委員(域内市場担当)は2022年9月、プラットフォーマーが欧州の通信ネットワークのコストを負担すべきかどうかについて、2023年第1四半期に協議を開始することを明らかにしている。同委員によると、この協議は、メタバース等のより広範なテーマを射程に入れたものとなる。EU委員会は、5~6カ月ほどの協議のあと、何等かの提案をするとしている。

欧州ではここ数年このような意見が上がっているが、韓国でも同様に事業者間での対立が起きている。従来は東アジアの一部の国で起きている問題として世界の関心を引くほどには至らなかったが、2020年代に入って、欧州主要キャリアがネットワーク投資コストを大手IT企業も負担すべきだという主張を活発化するにつれて、韓国の動向にも注目が集まるようになってきた。

本稿では、前号の「通信ネットワーク事業者 vs. プラットフォーマ―~欧州のフェアコントリビューション(公平貢献)論争の現在地」で掲載した欧州における通信ネットワークのコスト負担論争の議論を踏まえ、韓国における通信ネットワークのコスト負担論争の経緯、国内外のプラットフォーマーとISP間でのネットワーク使用コストの負担問題、各プラットフォーマーとISPの契約関係、裁判の状況など、韓国で起こっているプラットフォーマーとISP間の課題について解説していきたい。

韓国におけるネットワーク使用料問題の概要

韓国ではNetflixなどがサービスを開始して以降、ネットワークトラフィックの輻輳問題が度々指摘され、ISPとの間でネットワーク通信コストの分担を行うべきという議論に端を発した訴訟も発生している。

韓国で知られているネットワーク使用料問題の代表的なものが、SKブロードバンド(以下、「SKB」)とNetflix間のケースだ。もちろん、ISPとプラットフォーマー間のネットワーク使用料問題はSKBとNetflixの訴訟のみに限定されているわけではない。訴訟として表面化してはいないが、依然として、Google、Facebook、Amazon等とISP間の精算問題の論争は続いている。

SKB以外に、KT、LGUプラス(以下、「LGU+」)といったISPもすべてそれぞれ別のプラットフォーマーと交渉を行っているが、ネット使用料の義務付けと関連した法制化の推進等はISPが共同で対応している。

FacebookとはISP3社すべてがネットワーク使用料の支払い契約を締結した状況であり、NetflixとGoogle等は、ネットワーク使用料を支払っていない状況にある。接続契約については、Googleは3社すべてと締結した状況で、Netflixは韓国内にキャッシュサーバーを置くことでLGU+とのみ締結している。このため、NetflixはSKBとKTとは日本と香港で接続し、トラフィックを伝送し、LGU+だけが韓国内で接続している。この理由は、Netflixはネットワーク使用料を支払わず韓国で接続することを希望していたが、KTとSKBは、ネットワーク使用料を支払わないと国内での接続契約を締結しないという姿勢を保っており、相互に対立している状況にあるためである。[1]

前述のとおり、欧州でも欧州の通信事業者が、プラットフォーマーは域内の利用者に自社のサービスを提供するためにトラフィックを発生させているが、発生したトラフィックによってネットワーク投資費用の負担が増えるため、プラットフォーマーもまたネットワーク投資コストを負担しなければならないと主張しており、これにより同地域でも大規模なトラフィックを発生させる「企業の公平な貢献」に関する決議案が採択されたものととらえることができる。

SKBとNetflixの訴訟の状況

SKBとNetflixの対立は2019年11月、SKBがNetflixを相手取りネットワーク使用料の裁定申請を行ったことで表面化し、現在に至るまで精算合意の有無を巡り対立している。

Netflixは韓国でのサービスを開始した翌年の2016年1月、米国シアトルのIXであるSIXを通じてSKBとピアリングを開始した。2018年6月、両社は接続場所をSIXから東京のBBIXに移動、2020年1月には香港のIDC(インターネットデータセンター)でもピアリングを開始した。東京と香港にはNetflixのキャッシュサーバー(OCA: Open Connect Appliance)もあり、韓国のエンドユーザーは東京や香港のIXとOCAおよびSKBが借り受けた海底ケーブル等を組み合わせた3つのルートでNetflixの番組を視聴した。

第一審の争点は、①NetflixがSKBと交渉に臨むべきか、②Netflixに支払義務があるかの2点で、ともにSKBが勝訴した。追徴金は2017年分として15億ウォン(約1.5億円)、2020年分は272億ウォン(約27.2億円)と推定される。

NetflixとSKBの訴訟は継続中であり(表1)、次回の第10次弁論は2023年7月12日に予定されている。裁判所はこの日にネットワーク使用料の算定方式を決定する見通しだ。

2015年7月:Netflix、韓国でのサービスを開始。

2016年1月:韓国科学技術情報通信部、「発側ネットワーク支払い(SPNP)」導入。3社の韓国ISPにSPNPに従って相互にトランジット料金を精算するよう命令(それまでは非精算)。その結果、ISPはCAPにもネットワーク料金を請求。

2019年1月:FBとSKBはキャッシュサーバー利用料と「ネットワーク使用料」について合意。

2019年11月:KBが韓国放送通信委員会(KCC)に対して、ネットワーク料金交渉への参加をNetflixに命令するように要請。

2020年4月:Netflixが交渉義務を負わないことを明らかにする目的でSKBを提訴。Netflixは使用料の請求はインターネットトラフィックの公平な取り扱いを定めた「ネット中立性」の原則に反すると主張。

2020年12月:電気通信事業法施行令改正。通称「Netflix法」と呼ばれ、CPはユーザーに安定的なサービスを提供するための措置を講じることが義務付けられた。プラットフォーマーのタダ乗り批判に対応したもの。

2021年6月:ソウル中央地裁(一審判決)が、ネットワーク支払いの問題はネット中立性とは無関係であるとして、Netflixに交渉の席に着くように命令。交渉に積極的に応じないNetflix をSKBが逆に提訴。

2021年7月:Netflix、一審判決に控訴。

2021年9月:SKB、Netflixに不当利益返還請求を求めて反訴。

2021年12月:Netflixの控訴審・SKBの反訴審の弁論。

2023年3月:第8次弁論、SKBは(ネットワーク利用料)評価機関の選定後にネットワーク利用料を算定することを提案。Netflixは、算定方式が客観的ではないと反論。

2023年5月:第9次弁論(15日)

【表1】SKBとNetflixの訴訟経緯
(出典:各種資料より情報通信総合研究所作成)

[1] LEE, Sang-Woo, SHIN & KIM 法務法人世宗

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。

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