企業の経営方針におけるDXの位置づけ
はじめに
我が国では、少子高齢化の進展等によって国内需要の減少、労働力の不足、国際競争力の低下など様々な社会的課題が表面化している。新型コロナによる非対面・非接触ニーズの高まりだけではなく、人々の趣味・嗜好・ライフスタイルが絶えず変化する社会において、企業にはデジタル技術を活用した変革「デジタル・トランスフォーメーション(DX)」が求められている。
企業活動におけるDXについては、2015年に市場調査会社IDCが「IDC FutureScape」の中で「DXエコノミー」の台頭を予測し、今後はDXを意識しながらビジネスを進めていく必要があると述べた。日本では2018年9月に経済産業省が「DXレポート」を公表し、その中で日本企業のレガシーシステムが抱える課題に対して「2025年の崖」というキーワードで警鐘を鳴らしたことで広く注目されるようになった。その後、新型コロナの感染拡大によって企業は半ば強制的にデジタル化を進めることになり、そのような状況下において、DXがより一層注目されるようになった。
足元では、新型コロナが落ち着いている一方、ロシアのウクライナ侵攻や円安、物価高などによって社会経済環境は大きく変化しており、企業の経営方針や事業課題も変わっていると考えられる。そこで今回は、有価証券報告書をもとに企業の経営方針やDXの取り組み、事業等のリスクについて考察してみたい。なお、有価証券報告書は、株式を発行する上場企業等が開示する企業情報であり、一般にも開示されている[1]。各企業のホームページの他、金融庁のEDINET(金融商品取引法に基づく有価証券報告書等の開示書類に関する電子開示システム)などを通して閲覧できる。EDINETではAPI機能も提供しており、2019~2023年の各年5-6月に提出された有価証券報告書をダウンロードして活用した。
経営方針
有価証券報告書では、売上高や純利益といった主要な経営指標に加え、事業の内容や経営方針、サステナビリティに関する考え方および取り組み、事業等のリスク、コーポレート・ガバナンスの概要などが記載されている。経営方針については、経営環境(例えば、企業構造、事業を行う市場の状況、競合他社との競争優位性、主要製品・サービスの内容、顧客基盤、販売網等)についての経営者の認識の説明を含め、企業の事業の内容と関連付けて記載することが求められている。
そこで、まずは企業の経営方針について記述されている文章の中に特定のワードがどの程度登場するのかを集計した[2]。具体的には、DX(デジタルトランスフォーメーション、デジタル・トランスフォーメーションを含む、以下同様)、デジタル、AI、イノベーション、改革というワードを取り上げた。経営方針の中にこれらのワードが1回以上記載されている企業の割合を示したものが図1である。DXやデジタルというワードを使う企業が2019年度から2020年度にかけて大きく増加しており、コロナ禍においてDXが経営方針においてかなり重要な位置づけになったことが想像できる。その後、2021年度、2022年度にかけては大きな増加は見られず、DXに取り組む意欲のある企業は概ね着手を終えたものと想像される。
また、経営方針でDXに言及している企業(以下、「DX企業」)の割合を企業規模別に集計した[3]。従業員が300人以上の企業は300人未満の企業に比べてDXに言及している割合が大きいものの、従業員が300人未満の企業でもコロナ禍でDXに言及する企業が大きく増えており、2022年度には約2割がDXに言及している。ただ、DXは抽象的なワードであり、企業によって捉え方や具体的な取り組みが異なっていると考えられる点には留意が必要である(図2)。
DX企業の経営方針
次に、DX企業がDXと同時に何に言及しているのかを集計した。その結果、9割を超えるDX企業が「強化」、「成長」というワードを挙げている。また、これまで日本企業はICTを業務効率化やコスト削減といった目的で利用するという、いわゆる守りのICT投資が多く、ビジネスモデルの変革など攻めのICT投資が少ないと指摘されている[4]。経営方針の中でも「コスト」や「効率化」といったワードは約半数の企業で挙げられている一方、攻めのICT投資という表現の中で用いられることが多い「新製品」、「新サービス」、「新規事業」、「ビジネスモデル」などは比較的少ない。そのため、DXでは製品やサービス、ビジネスモデルの変革が求められているものの、従来の業務効率化やコスト削減を目的としてDXを推進している企業が一定数存在している可能性がある(表1)。
業績等の比較
企業がDXに取り組む目的は、競争上の優位性を確立すること、つまり業績の向上である。これを踏まえ、有価証券報告書の決算情報をもとにDX企業の業績について分析した。2019年度以前はDXに言及している企業が少ないため、2020年度の有価証券報告書でDXに言及している企業(図3の「DX言及あり」)と言及していない企業(図3の「DX言及なし」)を比較した。純利益の対前年度比で比較すると、2020年度にDXに言及している企業と言及していない企業で2020年度以前はそれほど差がないことが分かる。つまり、業績が好調のためDXに取り組むことにしたという企業は多くないと想像され、むしろ業績が伸び悩んでいるため、必要に迫られてDXを始めた企業も存在すると考えられる。2021年度や2022年度はDX企業の方が純利益の増加が見られ、DXの効果が一定程度表れているものと考えられる。
事業等のリスク
最後に、有価証券報告書の中で記載されている事業等のリスクについても集計した。事業等のリスクについては、各リスクが顕在化する可能性の程度や時期、影響の内容、対応策等の説明が求められている。集計の結果、2019年度から2021年度にかけて8割を超える企業が「コロナ」というワードを挙げている。ただ、2022年度は58.5%まで低下しており、新型コロナウイルス感染症の5類感染症への移行によって新型コロナによるリスクは和らぎつつあるものと推察される。その反面、物価高や円安、経済安全保障など社会経済情勢は不確実性が増しており、それを反映するように「資源」、「サプライチェーン」、「半導体」などのワードを挙げる企業が増加し、リスクが多様化していることがうかがえる。また、これまで日本企業はICTやDXを進める上での課題として人材不足を挙げる企業が多かった[5]ものの、事業等のリスクで言及している企業はわずかとなっており、興味深い結果となった(表2)。
まとめ
有価証券報告書の経営方針において、DXやデジタルというワードを使う企業が2019年度から2020年度にかけて大きく増加しており、コロナ禍においてDXの必要性が認識されたと想像される。その背景には、新型コロナという社会経済に対する不確実な要素に対して、企業が柔軟かつ迅速に対応する必要性に迫られたことがあると考えられる。また、2020年度の経営方針の中でDXに言及していた企業の業績は2021年度以降概ね好調であり、コロナ禍でDXに着手した企業では一定の成果が出てきているとみられる。ただ、新製品・サービスの開発、ビジネスモデルの変革といった攻めの姿勢ではなく、業務効率化やコスト削減といった守りの姿勢でDXを推進している企業が一定数存在している可能性があり、更なる取り組みの強化が求められる。
事業リスクについては、新型コロナへの一極集中から資源、サプライチェーン、半導体、円安など多様なリスクへと分散しており、各企業の事業内容によって異なるリスクへの対応に迫られているとみられる。今後も不確実性の高まる社会において迅速な意思決定やビジネスの変革を実現するためにも、より一層のDXが重要になる。
[1] 金融商品取引法で、有価証券の発行者(株式を発行する企業等)に提出を義務付けており、提出期限は、事業年度終了後の3カ月以内となっている。例えば、3月末決算の企業であれば6月末日が提出期限となる。
[2] 集計対象は2018年度(2,617社)、2019年度(2,111社)、2020年度(2,593社)、2021年度(2,351社)、2022年度(2,524社)である。
[3] 2018年度から2022年度までの従業員数の平均を用いた。
[4] 例えば、経済産業省「『攻めのIT投資』について」https://www.itc.or.jp/news/dlfiles/itcc2014_06.pdf
[5] 例えば、総務省「令和3年版情報通信白書」https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r03/html/nd112490.html
※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。
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