新たな国土計画が示すデジタルとリアルの融合を概観する
2023年7月28日、新たな「国土利用計画(第六次)」と「国土形成計画(第三次)」(まとめて「国土計画」と呼ばれる)が8年ぶりに閣議決定された(表1参照)。
国土利用計画は、国土利用計画法に基づき国としての国土利用の基本方針等を定める計画である。都道府県はこれを基本として土地利用基本計画を定めており、都市、農業、森林、自然公園、自然保全の地域区分ごとの土地利用規制の総合調整を行っている。
この国土利用計画と一体のものとして定められるのが国土形成計画だ。国土形成計画は、国土形成計画法に基づいており、国土の利用、整備および保全(「国土の形成」)を推進するための総合的かつ基本的な計画を指す。全国計画と広域地方計画(東北圏から九州圏まで)の2層からなり、今回閣議決定された全国計画を基本として、今後、広域地方計画の策定作業が本格化する予定だ(図1参照)。
本稿では、国土計画において「デジタル」がどう位置づけられたかを確認する。後述のとおり、今回の新たな国土計画は直前の国土計画に比べ、デジタルの活用が強調されている点が特徴であるためだ。その上で、国土計画が各地の街づくり計画へ浸透していく過程で広がりが想定される、最近の街づくりに見られる特徴的なデジタル活用例を紹介する。
国土利用計画の成立背景とその上位性
改正前は国土総合開発法と呼ばれた国土形成計画法の成立は(表1)に示したとおり1950年に遡る。一方の国土利用計画法は、1970年代の土地投機の過熱化や地価高騰を背景に、土地投機を抑制し限られた資源としての国土の総合的かつ計画的な利用を目的として1974年に成立した[1]。後から制定された国土利用計画法には、その第6条に「(国土利用計画の)全国計画以外の国の計画は、国土の利用に関しては、全国計画を基本とするものとする」と、国土利用計画(全国計画)の上位性が規定されている。各計画の本文頁数が示すとおり、国土利用計画(全国計画)と一体的に作成される国土形成計画(全国計画)に、より詳細な内容が書き込まれている(表2参照)。
国土計画にみる「デジタル」
国土計画における「デジタル」や「ICT」の扱いについて新旧を比較したところ、上位計画である国土利用計画の第五次計画(2015年8月)では「デジタル」や「ICT」に関する記述は皆無だった(表3参照)。ところが、今回の第六次計画では「デジタル」や「ICT」に関する記述が大幅に増加しており、さまざまな課題の解決に際して「デジタルを徹底活用する」との考え方が貫かれている。
国土形成計画にも国土利用計画での「デジタル」や「ICT」の位置づけが投影されている。第二次計画(2015年8月)にはデジタルの記述はなく、国土形成計画の推進にあたって「ICTの進化等の技術革新やイノベーションを積極的に導入することが重要」との認識が示されるにとどまっていたが、第三次計画では「デジタル」や「ICT」に関する記述が全編にわたって大幅に増加している。特に「国土づくりの基本的方向性」の一つに、「デジタルとリアルの融合による活力ある国土づくり」を設定した点、「国土づくりの戦略的視点」の一つに、「デジタルの徹底活用」を設定した点、そして、「国土の刷新に向けた重点テーマ」として「デジタルとリアルが融合した地域生活圏の形成」を掲げた点が特徴である。
計画策定の過程で、岸田総理は、デジタル田園都市国家構想実現会議(2022年6月1日)において「今後策定する国土形成計画をはじめ、各種の計画にデジタル田園都市国家構想の理念を反映させるなど、政府の施策全般に構想の考え方を浸透させてまいります」と発言[2]していた。また、国土形成計画(全国計画)の中間とりまとめが報告された際(2022年7月15日)には、「『新しい資本主義』と『デジタル田園都市国家構想』の理念を反映した、長期的な国土づくりの方向性を示していただきたい」「関係府省と緊密に連携するとともに、経済界と一体となって、官民連携で取り組んでいただきたい」との指示を出していた[3]。新たな国土計画でこれほど「デジタル」や「ICT」が強調されたのは、岸田総理の意向が強く反映されたためといえよう。
以下では新たな国土形成計画の原文に「デジタル」がどう書かれているか、該当箇所を引用する。
「国土づくりの基本的方向性」には以下のとおり記述されている。
(引用ここから、下線は筆者による)
デジタルとリアルの融合による活力ある国土づくり
~地域への誇りと愛着に根差した地域価値の向上~
(前略) こうしたデジタル活用の特性を国土づくりに活かし、デジタルを手段として徹底活用して、リアルの地域空間の質的な向上を図る観点から、いわば「デジタルとリアルの融合」による活力ある国土づくりを目指し、場所と時間の制約を越え、多様な暮らし方や働き方を自由に選択できる地域社会の形成を通じて、個人と社会全体のWell-being の向上を図る。(後略)
(引用ここまで、計画10~11ページより)
「国土づくりの戦略的視点」にも以下のとおり同様の内容が記述されている。
(引用ここから、下線は筆者による)
デジタルの徹底活用
(前略) こうしたデジタル活用の特性を国土づくりに活かし、デジタルを手段として徹底活用して、リアルの地域空間の質的な向上を図ることにより、場所と時間の制約を越え、多様な暮らし方や働き方を自由に選択できる地域社会の形成を通じて、個人と社会全体のWell-being の向上につなげる必要がある。このため、分野の垣根を越えたデータ連携を促進しつつ、その基盤を活用したデジタル技術の社会実装を加速化することが重要である。
ヒトやモノの移動のようにデジタルでは代替できないリアルの地域空間における利便性の向上についても、DXの取組と組み合わせつつ、地域経営の仕組みの再構築や、交通等の国土基盤の高質化等を通じて取り組んでいくことが重要である。
(引用ここまで、計画17ページ)
国土づくりの基本的方向性でも国土づくりの戦略的視点でも強調されている「地域社会の形成」については、「デジタルとリアルが融合した地域生活圏の形成」に次のように記述されている。その記述はデジタル活用により、行政界をまたいだ広域的な範囲で地域生活圏を形成し、地方への人の流れの創出や地域課題の解決につなげようとする考え方を示すなど踏み込んだものとなっている。
(引用ここから、下線は筆者による)
デジタルとリアルが融合した地域生活圏の形成
(前略) 人口減少の荒波が、これまでの小規模都市から地方の中心的な都市へと拡大し、地域の暮らしを支える中心的な生活サービス提供機能が低下・喪失するおそれがある。こうした状況に対し、従来の縦割りの分野ごとの地方公共団体での対応だけでは限界がある。
人口減少、少子高齢化が加速する地方において、若者世代を始めとした人々の多様化する価値観に応じた暮らし方・働き方の選択肢を広げ、地方の人口減少・流出の流れを変えて、人々が生き生きと安心して暮らし続けていける地域づくりが求められる。こうした観点から、地域の文化的・自然的一体性を踏まえつつ、生活・経済の実態に即し、市町村界にとらわれず、官民のパートナーシップにより、デジタルを徹底活用しながら、地域公共交通や買い物、医療・福祉・介護、教育等の暮らしに必要なサービスが持続的に提供される地域生活圏を形成し、地域課題の解決を図るとともに、地域固有の自然や風土・景観、文化等を含めた地域資源を活かし、人々を惹きつけるゆとりある豊かで美しい地域の魅力向上を図り、地方への人の流れの創出・拡大につなげる。
(引用ここまで、計画24ページ)
「地域生活圏」の形成で地域はどう変わるか
国土計画で打ち出された「地域生活圏」は、市町村域にとらわれず人口10万人程度を目安として一つの生活圏と考えるエリアである。その中でデジタル活用によって可能となるさまざまなサービスの提供を受けられることが想定されている(図2参照)。
図内に書き込まれているとおり、具体的には、自動運転や地域公共交通のリ・デザインにより「地域をつなぐ持続的なモビリティ社会を実現」すること、遠隔医療、遠隔・オンライン教育の提供、ドローン物流などにより「まちでも中山間地域でもデジタル活用で安心・便利な暮らしを実現」することが掲げられている。
これは、「地方の豊かさ」と「都市の利便性」の融合を図り、「全国どこでも誰もが便利で快適に暮らせる社会」の実現を目指すもので、2025~2027年度を目途に「地域生活圏」の形成に向け、既に進められている施策を含めた取り組みが加速していくものと見られる。
「デジタルとリアルの融合」に関わる取り組み例
「デジタルとリアルの融合」については、「地域生活圏」の形成で例示された以外にもさまざまな可能性があり得る。そうした可能性の検討は、今後「地域生活圏」を本格構築する際に参考となるはずだ。本稿の結びとして、今後、国土計画が各地の街づくり計画へと浸透していく過程で、広がりが期待される最近の取り組みを3例紹介する。
<「IOWN」を活用した街づくり:革新的なネットワーク・情報処理基盤>
渋谷桜丘エリアに2023年11月に竣工予定の「Shibuya Sakura Stage」は、次世代のコミュニケーション基盤である「IOWN」に関連した技術・サービス(以下、「IOWNサービス」)が世界に先駆けて導入される大型複合施設となる予定だ。IOWNとは、Innovative Optical and Wireless Networkの略称で、電子技術と光技術を合わせた「光電融合技術」を用いた、大容量、低遅延、低消費電力を兼ね備えた革新的なネットワーク・情報処理基盤の構想を指す。
渋谷の街づくりを担う東急グループでは、まちづくり戦略"Greater SHIBUYA 2.0"において渋谷駅から半径2.5kmのエリアを「広域渋谷圏」と定め、「働く」「遊ぶ」「暮らす」が融合した持続性ある街を目指す。その実現に向けて、広域渋谷圏にIOWNサービスを導入することによって消費電力を削減し、環境負荷の小さいエリアに変えていく。また、今後IOWNサービスが進化していくステップに合わせて、新たな価値の提供に取り組むとしている。
<バーチャルあべのハルカス:メタバース>
近鉄不動産がメタバースプラットフォームの企画開発・運営を行うクラスター社と共同で発表したのが「都市型」のメタバース「バーチャルあべのハルカス」だ(図3参照)。近鉄不動産が運営する「あべのハルカス」とその近隣にある天王寺公園エントランスエリア「てんしば」をメタバース上に構築し、2023年3月29日にオープンさせた。「これまで担ってきた天王寺エリアの魅力づくりやにぎわいづくりをバーチャルへ拡張し、リアルとバーチャルを融合した取り組みを行う」としている。
「バーチャルあべのハルカス」は当初、エントランスの役割を担う「てんしばエリア」、近鉄グループ4社(近鉄不動産、近畿日本鉄道、近鉄百貨店、近鉄・都ホテルズ)がブースを出展し情報発信を行う「17階ミドルフロア」、夜景やイベントが楽しめる「展望台エリア」の3エリアで構成されていた。この中で、例えばメタバース上の近鉄百貨店のブースにあるガチャガチャの仕掛けで「あたり」が出ると、リアル店舗で商品を割引価格で購入できるといった連携を実現させた。2023年7月には新たな4つ目のエリア「ハルカス バーチャルサーキット」をオープンさせるなど、近鉄不動産ではメタバース空間でも街づくりの充実化を図っている。今後「観光型」「郊外型」などのメタバースを構築し、近鉄沿線全体への拡大を図る予定だ。
<TAKANAWA GATEWAY CITY:都市OS/デジタルツイン>
JR東日本が2025年3月のまちびらきに向けて進めているプロジェクトが「品川開発プロジェクト」だ。街の名称は「TAKANAWA GATEWAY CITY」に決まった。同プロジェクトでは、「100年先の心豊かなくらしのための実験場」を構築するとしており、特に、「ゼロカーボン・サステナブルへの挑戦」「自律分散型社会の実現」「次世代モビリティの実装」を重点テーマに設定している。
KDDIをパートナーとして、カメラやセンサーなど、街の設備が持つ多様なデータを収集・分析するデータ基盤としての「都市OS」の構築を目指す。また、取得データをもとに仮想空間内でのシミュレーションを可能にする「デジタルツイン」を導入することにより、街に関わるさまざまなサービス提供につなげていく考えだ。人流データを踏まえた防災シミュレーション、来街者等に各施設の混雑状況等を知らせるタイムリーな案内、CITY内を自走するロボットによる各種サービスの提供等が想定される(図4参照)。
取り上げた3例はいずれも大都市における例であり、その取り組みを直ちに地方都市で展開することは想定しづらい。ただ、地域生活圏の構築におけるデジタルの活用例としてIOWNのようなネットワーク・情報処理基盤、メタバースやデジタルツイン、都市OSといった要素は、地域生活圏へのサービス提供において有益な使い方ができる可能性がある。先進的な先行事例をいかに水平展開できるかという視点で今後も注視しておく必要があると考える。
[1] その成立をめぐる歴史的かつ政治的な経緯は1994年度第29回日本都市計画学会学術研究論文集の61頁から66頁に収録されている中村隆司氏による「国土利用に関する計画制度の在り方についての考察」に詳しい。Web上のリンクは、<https://www.jstage.jst.go.jp/article/journalcpij/29/0/29_61/_pdf>
[2] デジタル田園都市国家構想実現会議(第8回)議事要旨を参照。https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/ digital_denen/dai8/gijiyoushi.pdf
[3] 国土交通省「【令和4年7月15日】 第24回国土審議会に斉藤大臣が出席」https://www.mlit.go.jp/ page/kanbo01_hy_008554.html
※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。
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