東南アジアの宇宙ビジネス展望 ~市場動向と今後の可能性~

1.はじめに
広大な宇宙空間への進出は、人類にとって非常に意義深い挑戦である。地球や宇宙の観測だけでなく、宇宙ステーションや月面基地の建設などにより、人類の活動範囲を大きく広げることができる。また、無尽蔵とされる天然資源の獲得への道も開ける可能性がある。
こうした宇宙への挑戦の中で、冷戦時代には特に国家間の競争がその進展を大きく後押しした。米ソ間の軍事競争に合わせて、宇宙空間での主導権を巡る熾烈な国際競争が繰り広げられた。1957年に旧ソ連が世界初の人工衛星を打ち上げてから十数年の間に、有人宇宙飛行や月面着陸が実現された。このような国家総力を挙げた競争は、冷戦の終結とともに一時的に収束したが、その後、国際協力が進むと同時に宇宙開発への民間参入が許可され、商業利用の注目度が高まった。現在では、国際宇宙ステーションをはじめとする国際的な取り組みが進み、ロケット、衛星、地上管制システム、さらには宇宙旅行など、多様な分野で民間企業の参入が活発化している。経済産業省宇宙産業室の調査[1]によれば、宇宙産業の市場規模は2040年までに約140兆円(20年ほどで約3倍)に達すると見込まれている。
こうした市場規模拡大の背景には、近年の飛躍的な技術進歩や製造業のグローバル化がある。技術や部品の調達が容易になったことで、民間企業による宇宙産業参入の障壁が大幅に低下し、宇宙産業の構造や勢力図が大きく変化しつつある。米国、ロシア、欧州、中国、インドといった宇宙開発の先進国に加え、新興国や小規模な民間企業の参入も目立っている。特に、急速な経済発展を遂げる東南アジアでは、環境監視や災害管理といった地域特有の課題に対応するため、各国政府が積極的な支援策を実施し、宇宙産業の形成と発展を後押ししている。その結果、この地域では市場の急速な拡大が見られる。
本稿では、民間企業の強みを生かし、宇宙開発を国家戦略として推進する東南アジア諸国の取り組みに焦点を当て、政府による政策策定や民間企業の先進的な取り組みについて紹介する。
2.東南アジアの宇宙ビジネスの現状
2.1 政府の政策支援と民間企業の活動が活性化
東南アジアの宇宙ビジネス市場は、近年大きな転換期を迎えている。従来の政府主導型の宇宙開発から、民間企業が主導するビジネス展開へと急速にシフトしており、市場規模は今後、さらに拡大すると見込まれている。例えば、地球観測衛星の市場規模は2030年までに年平均12.59%の成長率で拡大し、現状の2倍に近い600億円に達するとされている[2]。
この成長を牽引するのは、小型衛星の開発、衛星データの活用、そして通信インフラの整備という3つの主要分野である。これらに加え、革新的な衛星データ活用ビジネスも次々と生まれており、市場のダイナミズムを一層高めている。一方で、この市場の成長には課題も多く存在する。技術力の向上、人材育成、資金調達、そして各国の規制環境への対応といった点が、克服すべき重要な課題である。しかし、これらの課題に対して、各国政府は積極的な支援策を講じており、民間企業も革新的なアプローチを通じて解決を図っている。
特に注目すべきは、シンガポール、インドネシア、タイの3カ国による取り組みである。これらの国々は、政府と民間が連携しながら、独自の戦略をもって宇宙ビジネス市場を推進しており、その成長は地域全体に大きな影響を与えている。
2.2 シンガポール:スタートアップエコシステム構築による産業支援
シンガポールは地政学的な安定性やイノベーションエコシステムの構築に強みを持ち、革新的なビジネスの推進に適した条件が整っている。同国は先進技術のイノベーションに注力しており、宇宙産業も近年大きく成長している。
こうした背景から、シンガポールでは「宇宙技術開発プログラム(Space Technology Development Programme:STDP)」を通じて、宇宙スタートアップのエコシステムを構築している。この取り組みは、宇宙技術・産業企画室(Office for Space Technology & Industry:OSTIn)が主導し、学術機関やベンチャー企業のコミュニティ、人材プールの活用などを通じて、国際競争力のある宇宙産業基盤を形成している。政府は、規制緩和や資金支援を積極的に進めており、これらの支援体制の下で複数の有望企業が台頭している。
例えば、Equatorial Space Systems社は、独自に開発したローコストロケットエンジン技術を活用し、2024年にはサブオービタル実験機の打ち上げを実施した(図1)。同社は、東南アジア地域における商業ロケット打ち上げ市場の開拓を目指しており、その動向に注目が集まっている。また、NanYang理工大学のスピンオフ企業であるNuSpace社は、小型衛星の開発を手掛けており、デザインから製造、テスト、打ち上げまでの全プロセスを一貫して提供している(図2)。同社は特に、IoT通信のための衛星利用に注力しており、東南アジアにおける森林農地の観測や、災害時の安否確認システムへの活用を計画している。

【図1】Equatorial Space Systems社開発の小型ロケット
(出典:Equatorial Space Systems社公式ウェブサイト https://www.equatorialspace.com/)

【図2】NuSpace社の小型商用衛星
(出典:NuSpace社公式ウェブサイト
https://nuspace.sg/successful-space-demonstration-of-qrng-pqc-module-with-squareroot8/)
これらの企業はシンガポール政府の支援体制を活用し、宇宙産業の発展に大きく貢献している。同国の取り組みは、今後の東南アジア全体の宇宙ビジネス市場を牽引する重要なモデルとなる可能性がある。
また、シンガポール政府が推進するスマートシティ構想「Smart Nation Initiative」の一環として、衛星データと地上センサーネットワークを統合した都市管理プラットフォーム「UrbanSense」の開発が、大学などの研究機関を中心に進められている。この取り組みでは、交通流の最適化、エネルギー消費の効率化、環境モニタリングなど、様々な都市課題の解決に向けたプロジェクトが展開されており、衛星データの利活用にも大きな注力がされている。
シンガポールは従来から、政府主導でスタートアップ企業を支援し、先進技術の獲得や新規ビジネスの創出を積極的に進めてきた。こうした支援体制の強みを生かし、宇宙ビジネス分野でも更なる発展が期待されている。
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3.今後の展望
※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。
[1] 経済産業省「国内外の宇宙産業の動向を踏まえた経済産業省の取組と今後について」(令和6年3月)
[2] Mordor Intelligence, “ASEAN Satellite-based Earth Observation Market Size & Share Analysis - Growth Trends & Forecasts (2025 - 2030)”, 2024
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