2025.12.25 5G/6G InfoCom T&S World Trend Report

通信事業者は6Gをスマートパイプへのチャンスに

Image by Gerd Altmann from Pixabay

スマホの画面上に「5G」「4G」といった表示が出ると、「5Gのほうが速いはず」と感じる人は多いはずである。もちろん、実際の速度は場所や混雑状況によって変わるが、本来5Gは、「社会や産業のインフラになる」という期待を背負って普及した技術であり、単なるスマホの高速化だけが目的ではなかった。

そしていま、通信業界では次世代である6Gが2030年代に本格化すると見込まれている。各社がさまざまなコンセプトを示しているが、筆者が特に注目しているのが、

  1. AI対応による通信ネットワークの自律運用
  2. ISAC(統合センシング&コミュニケーション)

という2つの動きである。

これらは、通信事業者が「スマートパイプ」として価値を取り戻すチャンスになりうる。

AIで通信ネットワークは自律運用へ

AIは既に5Gネットワーク運用の現場で存在感を高めつつある。障害予兆の検知、自動パラメーター調整、効率的なトラフィック制御など、これまで人が細かく調整してきた作業をAIが代替し始めている。レストランで配膳ロボットが働くように、通信ネットワークでも省人化と品質向上が同時に進む構図である。

さらに筆者は、6Gは「AIのためのネットワーク」になると考えている。これまで通信は人間が使うものだったが、今後はAI同士が膨大なデータをやり取りする世界が訪れる。そうなれば、通信ネットワークそのものがAIによって高度に制御されている必要がある。

ここで注目されているのが、通信設備にGPU(AI処理で使われる計算チップ)を搭載し、基地局側でAIワークロードの一部を処理する構想である。これが進展すれば、通信事業者がクラウドに依存することなく新たな価値を提供できる可能性が開ける。通信事業者は単なる「回線提供者」ではなく、AI処理まで担う「スマートなパイプ」へと進化しうる。

NVIDIAによるNokia株式取得で、通信ネットワークのAI対応は加速

こうした視点から考えると、2025年10月に発表された、NVIDIAによるNokia株式10億ドルの取得(NOKIA報道発表, 2025年10月28日)は、表面的には「世界の通信設備ベンダー大手がNVIDIAの勢いに飲み込まれてしまうのではないか」という印象も与えるが、通信ネットワークのAI対応という観点では、この動きにより一気に現実味を帯びてきたように感じている。

NVIDIAとNokiaの発表内容や発言から想定されるのは、Nokiaの5G基地局に今後、強力なGPUを搭載し、それをソフトウェア更新することで6G基地局にするという発想である。

通信設備がGPUベースとなり、かなり高度な計算処理が可能になると、現在クラウドに依存しているAIワークロードを通信事業者が分担することが可能になる。通信事業者が「AIワークロードも担うスマートパイプへと進化し、ネットワークの付加価値によって増収を図る」というシナリオが描きやすくなるだろう。

「センシング機能」で、通信ネットワークがセンサーになる

6Gを構成する技術要素の一つに「ISAC(統合センシング&コミュニケーション)」というものがある。これは通信ネットワークそのものが周囲の環境を“感じ取る”機能を指す。端末との通信がなくても、電波の反射を利用して物体の位置や動き、人流、車両、ドローンなどを検知できるとされる。

これまでのIoTでは、カメラや専用センサーに加えて通信機能が必要であった。しかしISACが導入されると、電波が届く範囲であれば追加設備なしで、世の中のモノの状況を一定の精度で把握できるようになる。

通信ネットワークがセンシング機能を持つことで、多くのユースケースが想定されている。この領域ではIEEE802.11、3GPP、ETSIなど、複数の機関がそれぞれにユースケースを提示している。例えば、工場内作業者の動線把握、交差点の死角にいる歩行者の検知、療養施設での転倒検知、港湾・空港・鉄道の安全管理など、幅広いユースケースが想定されている。また、これらを実現するためには、水平・垂直方向の位置精度、速度把握の精度、距離の精度、遅延時間といったKPIの整理も不可欠であるが、こうした点は今後の議論の中で固められていくだろう[1]。

また、この機能は、地上に整備された無線通信ネットワークによってだけでなく、上空からの電波によっても実現可能である。特に、災害時の復旧状況をモニタリングする用途が想定されている。引用の図では、ドローン、低高度プラットフォーム(LAPS)、高高度プラットフォーム(HAPS)が連携してセンシングを行うシナリオが描かれている(図1)。

【図1】上空からのセンシングシナリオ

【図1】上空からのセンシングシナリオ
(出典:ETSI, “Integrated Sensing And Communications (ISAC); Use Cases and Deployment Scenarios”, March, 2025)

NTTは2025年5月、商用電波の揺らぎから屋外の人流を推定する技術の実証に成功したと発表しており、技術開発は着実に進んでいる[2]。

また、こうしたセンシング情報を通信事業者がAPIとして提供する「Sensing as a Service」という概念も議論されている。通信事業者が保有するデータを直接活用することになり、新たなスマートパイプとしての価値創出につながることが期待される。

6Gでダムパイプからスマートパイプへ

通信事業者はこれまで、新たな通信市場が開拓されるたびに、それを成長の糧としてきている一方で、通信トラフィック以外では収益を生み出しにくい「ダムパイプ化」への危機感が長らく語られてきた。しかし、今回の「AI対応」と「センシング機能」という2つの動きは、通信ネットワークそのものが付加価値を持ち、社会の高度化を支える機会をもたらす可能性を感じる。通信事業者がこの変化の波をとらえられるのか。そして、その実現に必要な技術が国内外からもたらされ、新たなエコシステムが立ち上がるのか――今後の展開に大きな注目が集まる。

[1] 参考:ETSI GR ISC 001 - V1.1.1 “Integrated Sensing And Communications(ISAC); Use Cases and Deployment Scenarios”, March, 2025, https://www.etsi.org/deliver/etsi_gr/isc/001_099/001/01.01.01_60/gr_isc001v0 10101p.pdf

[2] NTT「世界初、移動通信システムの電波の揺らぎから屋外の人流を推定する技術を商用電波で実証~6G時代のセンシング実用化に前進!無線基地局からの電波が届く範囲はどこでも、通信機器のみで推定可能に~」(2025年5月26日)https://group.ntt/jp/newsrelease/2025/05/26/250526a.html

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。

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