ICT雑感:Clubhouseにみる新たな音声コミュニケーション
最近流行りのClubhouseというアプリをご存じだろうか。米国で開発されたのがちょうど1年前の2020年3月。日本では今年に入って広がりをみせてきた、まだ新しいアプリである。音声によるSNSで、アプリ上のチャットルームで世界中の人とリアルタイムで話をすることができ、他人の会話も自由に聞くことができるというもの。音声のみというのが特徴で、文字も画像や動画もなし。ルームと呼ばれる参加者が会話をする場所がテーマによって設定されており、利用者は興味のあるトークテーマや、話を聞いてみたい人の部屋を検索し、基本的に自由に出入りして話を聞くことができ、主催者が了承すれば話に参加することもできる。
サービス自体は極めてシンプルで、他人のおしゃべりを聞き、たまには自分も口をはさむというものだが、実に人の心理を突いた仕組みとなっていることが、一気に普及した要因ではないかと考えられる。
その最たるものが招待制という加入方法。このサービスは基本的に実名、本人性を重要視しており、その手法として、自身のアドレス帳に携帯番号を登録している相手しか招待することができないようになっている。しかも最初の段階で招待できるのは2人のみ。この誰でも誘えるわけではないこと、誘ってもらわないと加入できず、かつ誰かのセレクト上位2人に入らないといけないことが、バンドワゴン効果を助長し、メンバーになれた人には一種の“選ばれし人”という特別感を生むことで希少価値を作り出している。
また加入後もずっと、誰の招待でメンバーになったかがわかるようになっているのがある種、素性を保証することとなり、招待する側も慎重に相手をセレクトすることで、参加者の質を担保する効果をもたらしている点も興味深い。
実際に試してみると、確かに様々な分野のトップクラスの人や芸能人の話が直接聞けて、上手くいけば直接話ができるという興味深いルームが多くあるが、ルームの内容はピンキリで、ただの友人同士のたわいないおしゃべりというものも多い。もちろん、そういう話をなんとなく聞くというのが面白かったりもするので、楽しみ方、使い方は人それぞれということか。何か発信したい人は自身がルームを開き、人を集めて話をする新しい情報発信ツールとして手軽に使える。Web会議等と違い、顔が見えないことで映える必要もなく、話がしやすいという利点もあるかもしれない。反面、当然想定されることではあるが、怪しい話をしているルームや、自意識の高過ぎる人たちのルームにうっかり入ってしまうと、めんどくさいことになることも。また録音機能はなく、ルーム内での会話を外で公開することは禁じられているが、手段はいくらでもあるため実際に内容が漏れるトラブルも起きており注意が必要。
私が個人的によくできていると感じたのは、Clubhouseを使いながら、スマホ上で別のアプリで作業ができるという点。バックグラウンドミュージックのように見ず知らずの人のおしゃべりを聞きながら他の作業ができるのは、利用者にとって便利であると同時に、Clubhouse側としてはながら聞きによる利用時間増が期待できる。現在は広告モデルではないが、今後の展開を想定すると利用者の数と利用時間は重要なキーファクターとなることも想定しての設定なのかもしれない。
このように確かによくできた仕組みではあるが、音声だけというむしろ昔からあるコミュニケーションがここまで話題となったのは、コロナ禍という世界的な環境の影響も大きかったのではないかとも考える。圧倒的に人と会って話をする機会が減っている昨今の環境下において、文字だけでなく、生の声を聴いて誰かとつながりたいという人々の欲求が溜まっていたことが影響しているのではないか。たわいのない話を自由にできることが、いかに楽しいことだったかを実感している今こそのサービスなのかもしれない。
昨今、携帯市場において、特に若年層は音声通話をほとんど利用しなくなっている。出揃った各社の新料金プランにおいても、音声部分をオプションとして基本料を安くみせるプランが出るほど、必須ではなくなってきている傾向が見られていた。その中で、この音声のみのサービスが若年層を中心に話題を集めているのは大いに注目に値する。需要がなくなったわけではなく、使い方が多様化しており、それに合わせた仕組み作り次第ということではないだろうか。
人との距離が求められるwithコロナの世界において、誰かと話をするという極めて原始的な、でも誰もが必要としている温かな声でのつながりは、もう一度見直される大切なコミュニケーションなのかもしれない。
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