2021年7月15日掲載 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

教育×テクノロジー ~政府の教育改革方針とその影響について



はじめに

本稿は、本誌No.382(2021年2月号)に掲載した「教育×テクノロジー~アジアにおけるEdTechの動向」の続編である。前回はEdTech(Education×Technology)の概要とアジア諸国のEdTechビジネスの状況についてレポートした。今回はEdTechを含む教育のデジタル化を支える政府の教育改革方針に焦点を当てたい。

持続的な社会発展を目指すなか、教育業界ではEdTechによる先進的なイノベーションの創出が世界中で進んでおり、このような取り組みを活性化させ、成果を定着させていくためには、政府をはじめ、企業、インフラ(通信環境の構築)、さらに学校や個人までを包含した社会全体での仕組みづくりがとても重要である。

【図1】新たな取り組みを定着、活性化させるための社会的仕組み

【図1】新たな取り組みを定着、活性化させるための社会的仕組み
(出典:筆者作成)

以下では、図1で示したような社会的仕組みを念頭に、アジア諸国の政府がどのような政策のもとで教育のデジタル化や教育イノベーションなどを推進しているのかについて紹介していきたい。加えて、5月に筆者が参加してきた日本最大の教育総合展(EDIX)の開催模様から垣間見える、日本政府の政策が民間企業にどのような影響を与えているのか、について見ていきたい。

教育資源の輸出や
人材大国を目指す中国

今やGDP世界第2位、急速な経済成長を続けている中国では、教育業界の変化はとても激しい。長年にわたり労働集約型を軸に成長してきた中国は現在、大きな社会転換期の最中にあり、更なる経済成長に向けて、政府はさまざまな課題解決に取り組んでいる。特に教育分野では、中国教育部によると、2019年からは教育歳出割合を3%から4%以上に増額し、「学習大国」「人力資源強国」「人材強国」を目指す「中国教育現代化2035」という国家戦略(図2)が打ち出された。この戦略の中では、個人の特性に最適化された教育の強化、生涯学習の促進や教育資源の共有化など、さまざまな基本理念が掲げられている。

【図2】中国の教育改革関連政策の構造

【図2】中国の教育改革関連政策の構造
(出典:「中国教育現代化2035」をもとに筆者作成)

「中国教育現代化2035」のもとでは、さまざまな具体策が制定されているが、それらは概ね基本政策とこれを支える支援政策に分類することができる。基本政策は育成するべき人材像や教育の在り方の礎を定義しつつ、改革を目指すものだが、下記の3つに集約できる。

  1. 育成する人材像の具体化
    協業力や実践力を育成し、イノベーションの創出を担う人材の育成を目指す
  2. 教育資源の質向上
    世界に通用する有名大学の創出を目指し、「985」[1]「211」[2]と呼ばれる大学群に政府が直接大規模投資や支援を行い、ブランド化を目指す
  3. 教育格差解消
    未だに存在する農村部と都市部の教育格差の解消を目指す

あわせて、これら3つの目標を根本から支援するための政策は下記のように2つにまとめることが可能であり、特に教育現場における官民一体となったICT推進への注力が特徴的だ。

  1. 教育現場のICT推進
    個性に合わせた教育のカスタマイズ化のために、先端技術によるカリキュラム設定、コンテンツの多様化などに纏わる教育サービスイノベーションを積極的に推奨
  2. 教育セクターの対外開放
    海外教育機関との連携を強化し、教育産業の対外開放を通して、教育資源の輸出入を今まで以上に活性化させる

このような教育改革方針は、先端ICTを活用した民間企業や教育機関のイノベーションをとても強く奨励している点が特徴的であり、これは技術開発への投資活動が著しく活発な中国の特性を生かしたものだといえよう。

海外教育機関の参入を承認し、
自国の教育資源を強化するインド

インドは各分野で優秀な人材を輩出する国として世界から注目されている。一方で、急速な経済発展を遂げながらも、さまざまな社会問題の解決が政府にとって急務となっている。このため、特に教育セクターにおいては、2020年に「National Education Policy2020」を打ち出し、教育の普及を最優先事項とし、「初等教育就学率100%」「高等教育就学率50%」を目標に大幅な改革を推し進めている。

こうした戦略の実行に向けては複数の改革が打ち出されており、インド教育省の資料を読み解くと、図3で示すように、その内容は中国と同様、3つの基本政策とこれらを支える2つの支援政策にまとめられる。3つの基本政策は以下のとおり、政府の管理能力を向上させ、教育資源の抜本的な改善を目指すものだ。

【図3】インドの教育改革関連政策の構造

【図3】インドの教育改革関連政策の構造
(出典:「National Education Policy2020」をもとに筆者作成)

  1. 政府による管理の強化
    全学生の学習履歴や学歴情報をデジタル化し、政府が一元管理する。また、教師の資質審査を強化し、国家評価機関を増設
  2. 教育資源の質向上
    教師採用プロセスの透明化、教師資質審査の厳格化
  3. 教育格差解消
    多言語対応、経済・ジェンダー格差解消、公平な教育、識字率100%

また、これらを支える2つの支援政策の概要は下記のとおりだ。

  1. 教育現場のICT化
    中央政府主導で、ICTインフラ構築や教育用コンテンツ作成、さらに遠隔教育やオンライン教育の強化を実施。また、学習履歴や学習情報のデジタル化、そしてイノベーション創出を強く推奨
  2. 教育セクターの対外開放
    教育のリソース不足を補給するために海外からの教育分野への参入を承認

インドは、その独特な社会構造と人口構成に起因する教育の課題を解決するために、政府が自らの主導権を大きく強化する戦略を取っている。そのためICTを活用した先進的な取り組みは教育方法だけでなく、教育管理の改革にも存分に活用されようとしている。

20年前から教育へのICT導入を進め、
更なる高みを目指すシンガポール

次に教育大国であるシンガポールについて見ていきたい。能力至上主義で、人材が唯一の資源だとされているシンガポールでは、毎年の教育費は歳出全体の16%をも占め、他国と比べ、人材育成には数倍の力を入れている。また、今でこそ諸国で流行しているICT教育や学校のICT化だが、シンガポールでは、半世紀にも及ぶ教育マスタープランに既に組み込まれており、約20年前から段階的に取り組まれていた。現在は更なる次のステップを目指し、21世紀型人材育成のための教育改革を進め、各領域でのイノベーション人材の育成に注力しているところだ。

シンガポール教育省の情報を読み解くと、その改革の中心理念は、「責任や誠実さなどの社会人としての基本的な価値観の形成」「自己や社会に対する認知や意思決定力の形成を促す社会的感情的能力の育成」「国際競争力を高めるためのグローバル認知、発明的思考や異文化スキルの形成」の3つである。これらの理念をもとに教育政策の中核として、さまざまな学習者の特性に合わせた教育のカスタマイゼーションやイノベーション力の強化が掲げられている。

シンガポールが1959年から実施してきた教育マスタープラン(図4左)を見てみると、その進展は、「工業化」「技能化」「知識化」「イノベーション主導」へと段階的に、世界の発展に合わせて進められてきた。そして現在の「イノベーション主導」に向けては、ICTの導入以外にも、教育現場のICT化に対して非常に明確なポリシー(図4右)が設けられている。その中では、特にICT利用時の倫理責任の確保やイノベーションの推奨が強く求められている。また、政府は能動的かつ主動的な位置に立ち、国内の学校を「FutureSchool」「edulab 指定校」「一般校」の3つのグループに分け、「FutureSchool」でさまざまな先進的な取り組みを積極的に試行錯誤し、成功事例のみについて「edulab指定校」で一般化に向けた試行を実施した後、「一般校」にて普及していくという非常に効率的な仕組みを構築した。こうした政府の長期的な戦略思考と主導力はとても強力で、教育の先進的な仕組みの社会定着に対して大きな推進力となっている。

【図4】シンガポールの教育改革関連政策

【図4】シンガポールの教育改革関連政策
(出典:「Ministry of Education ICT Masterplans in the Singapore Education System」より引用)

複数の省庁が協力し、
教育現場におけるデジタル化を進めている日本

デジタルの活用において先進国の中でも後れをとっている日本では、学校のICT環境整備や未来における人材育成のために、総務省、文部科学省と経済産業省など複数の省庁が協力し、動き出している。2018年1月に経済産業省の主導で「未来の教室」とEdTech研究会が設置された。「未来の教室」では、未来を創る当事者(チェンジ・メイカー)を育むことを目標に、初等中等教育分野を中心に、「学びの STEAM 化」「学びの自立化・個別最適化」と「新しい学習基盤づくり」の3つの柱が定められ、その実現に向けて乗り越えるべき9つの課題とそれに対応するアクションが提言されている。また、文部科学省が掲げた「GIGAスクール構想」では、その初期段階として、教育現場で児童・生徒各自がパソコンやタブレットといったICT端末を活用できるように取り組んでいる。

政府が基本的な方針と綱領を定めると同時に、資金面の援助も提供している。経済産業省の資料によると、2022年度までには毎年1,800億円ほどの地方財政措置を実施し、まずは児童生徒が1人1台パソコンを使えるような状態にすることを目標にしている。その一方で、地方自治体の自由度を高め、具体的な実施策は各地域の特性に合わせて自治体が制定することも可能だ。

日本では、EdTechの普及を中心に、政策面、資金面の支援を行い、民間の自治体や業界による取り組みの活発化を刺激し、社会的な仕組みの自然形成を促している点が特徴的である。

教育総合展2021で垣間見える
日本の政府政策が民間に与える影響

教育イノベーションを活性化させ、成果を定着させるための社会的仕組み(図1)の形成における政府の役割は大きい。そのため、本稿ではここまでアジア諸国の教育改革に関わる政府の方針を紹介してきた。このような政府の役割が実際に民間のステークホルダーにどのような影響を与えるのかについては、更なる調査と分析が必要だ。その一環として、筆者は今年5月に東京で開催された日本最大級の教育総合展に参加してきた。そこで垣間見えた日本の教育改革がもたらす民間ステークホルダーへの影響を簡単に紹介したい。

教育総合展は2010年から毎年開催されてきた日本最大級の教育関連展示会である。ここ5年間で急速に規模が拡大し、本体の「教育ITソリューションEXPO」に加え、「学校施設・サービス」「STEAM教育」「保育・幼稚園ICT化」「人材育成・研修」の4つのEXPOを同時開催するようになった。今年は新型コロナウイルス感染症対策のための来場制限にもかかわらず、数万人が参加する規模となった。

【図5】日本の教育改革関連政策

【図5】日本の教育改革関連政策
(出典:経済産業省 「未来の教室」とEdTech 研究会 第2次提言、2019より引用)

まずは出展企業の特性を見てみたい。存在感が増している大手メーカーは、自らの開発力や市場開拓力を使い、学校教育現場をターゲットに、教師の仕事効率化を狙っている。具体的には、学校管理から成績判定までの一連の学校業務をすべて包含するようなトータルソリューションの提供を目指している。また、昔から学外学習補助の市場を独占してきた大手学習塾は、引き続き学生への支援、学外学習補助をターゲットに、新興ベンチャー企業と手を組んで教育サービス、ソリューションを打ち出し、大手メーカーとの棲み分けを図っている。さらに、EdTechやIT関連中堅企業の多くは、自らの特定分野での強みを発揮して、小規模な特定市場への参入や強化を進めている。数年前から話題になっていた「atama+」や「classi」などのような有力ベンチャー企業は、大手学習塾との協業が進んでいるため、今回は単独の出展がなかった。その他、中小企業が斬新なツール、もしくはコンテンツといった製品を強化し、市場を縁の下から支えようとする動きも見られた。

展示会を見て回り、関係者たちとの会話を通して強く感じたことはいくつかある。まず、昨今のコロナ禍の影響の中で、政府の「未来教室」や「GIGAスクール」を軸とした政策は間違いなく大きな追い風となり、業界を盛り上げている。そして、学校と企業のさまざまな取り組みの中でも特に校務と教師業務の効率化が重要視されている。また、市場の中では、最大の顧客はなんといっても、国の補助金が使える学校である。企業は、学校の動き方に合わせて戦略を策定し、サービスを提供している。その反面、学校現場のノウハウ、リソース不足も懸念され、更なる市場開拓に対しては少し静観的な態度をとっているように見えた。政府の政策は間違いなく市場成長の起爆剤になったと思うが、これからの成長に関しては、政府の今後の戦略がとても重要だと感じた。

【図6】教育総合展2021の会場の様子

【図6】教育総合展2021の会場の様子
(出典:筆者撮影)

まとめ

本稿では、日本を含むアジア諸国の教育改革方針を見てきた。また、日本政府の政策が民間企業へ与える影響について、筆者が参加してきた教育展示会の模様を通して垣間見つつ、考察した。特に政府の方針に関しては、ここで紹介したアジア諸国のように、教育に対する政府の主導・管理力を強化する戦略、そして日本のように、政府は方針を決めて支援を提供しながら具体的な取り組みを自治体や学校現場に任せる戦略の二通りが見られたが、どちらもそれぞれの社会構造や状況に合わせて制定されており、一概に優劣をつけられるものではない。筆者としては、図1で示したような社会的仕組みがうまく機能するためには、いずれかのステークホルダーが中心的な役割を担う必要があるのではないかと考える。そうした観点を踏まえながら、更なる調査研究を今後も進めていきたい。

[1] 「985」:1998年5月に中国教育部が定めたプログラム。中国の大学での研究活動の質を国際レベルに向上させるため一部の重点大学に重点的投資を行うもの、

[2] 「211」:1995年に中国教育部が定めたプログラム。21世紀に向け中国の100大学に重点的投資をしていくという戦略。

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部無料で公開しているものです。

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