2022.3.30 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

勃興する次世代テクノロジープラットフォーム ~メタバースのアジアにおける取り組み事例から考える

情報通信技術の急速な発展により、人間社会は新たな時代に突入しようとしている。一方で、環境問題の解決、天然資源の有効活用や世界的に拡大した新型コロナウイルス感染症への対応など、持続可能な社会の発展を妨げる人類共通の課題も多く存在している。これらの課題を経済活動の中で解決するには努力が必要だが、解決に向けた一つの考え方として、いかに資源や環境への負荷を最低限に抑えながら人間の活動可能領域を拡大し、新たな市場を作り出せるかというものがある。そのため、近年では世界中で様々な取り組みが行われており、その中でも仮想空間技術を活用したメタバースは物理的な制限を受けずに、人間の活動可能領域を大きく拡げ、経済の形、さらに人間の価値観や世界観を根底から変える可能性を持っている。

最近では、コロナ禍をきっかけに、人々のこれまでの活動可能領域や行動が余儀なく制限された。これにより、個人から企業の活動がオンラインに少しずつシフトし始めていることの後押しもあり、メタバースへの関心度合いがますます高まってきている。本稿では、新しい技術やビジネスに敏感なアジアにおいて、筆者が着目するメタバース関連の事例について紹介し、最近の動向や特徴について見ていきたい。

メタバース(Metaverse)について

メタバース(Metaverse)とは、「Meta」と「Universe」からなる造語であり、コンピューターやコンピューターネットワークの中に構築された、現実世界とは異なる3次元の仮想空間やそのサービスのことを指す。メタバースの中では、人間同士のコミュニケーション、エンターテインメントやビジネスなどを、距離と時間の制約を受けずに行うことが可能で、人間社会にとっては活動可能領域の大幅な拡張となりうる。

特に最近では企業によるメタバース関連の取り組みが加速している。例えば、2021年にFacebookは企業ブランドを新たに「Meta」に変更し、メタバースの構築に向けた今後の方針を示した。またMicrosoftは、参加者が自分の分身である3次元のアバターを操り、仮想空間の中で開催される会議に参加できる新しいサービス「Mesh for Teams」を2022年中に提供する予定であると発表した。

このように、メタバースを活用したビジネスは多様な形で実現され始めている。Bloomberg社の2021年の調べによると、メタバースは次世代の大きなテクノロジープラットフォームとなり、エンターテインメント、SNS、ライブイベントや広告などの様々なビジネスを引き付け2024年には全世界で8,000億ドルの市場規模になると予測されている。現在はまだメタバースの黎明期ではあるが、欧米や日本でメタバースに必要な技術基盤の開発が目立つ一方で、アジアのその他の国では仮想空間内で行われるビジネスを支えるための仕組みづくり、新たなビジネス開発や製造業での利活用などへの取り組みが進んでいる。

仮想空間でビジネスの基盤を作り出す「Metaverse Thailand」

まずはタイの取り組みについて見ていきたい。「Metaverse Thailand」は、タイ初のメタバースプラットフォームであり、シンガポールに本社を置くAPlus Fintech Pte. Ltd.社が手掛けているプロジェクトだ。同社は主にブロックチェーンと仮想通貨に焦点を当てており、メタバース内でのビジネスに必要な基礎的な仕組みづくりに取り組んでいる。

「Metaverse Thailand」では、仮想空間上にタイの首都バンコクの街並みのデジタルツインを作成し、その中で大規模な都市開発を開始している(図1)。ユーザーは3Dのメタバース空間内に自身のアバターで入り、他のユーザーとの交流やゲームができるほか、仮想的に再現されたトンローエッカマイ地区の89,000ブロック内で、仮想の土地を簡単かつ安全に売買することもできる。また、現実世界と同様、購入した仮想空間内の土地で自ら設計した仮想の建物を建造でき、商業施設や娯楽施設などを開業することもできる。

【図1】Metaverse Thailand内で再現されたバンコク市街地

【図1】Metaverse Thailand内で再現されたバンコク市街地
(出典:Metaverse THAILAND, https://metaversethailand.io/?mode=2d)

同社は自らの取り組みを3つのレベルに分けて仮想空間におけるビジネスの基盤づくりに取り組んでいる。レベル0では、現実空間のデジタルツインを実現し、Metaverse Thailand内での都市開発を実施。またレベル1では、仮想空間内の不動産やあらゆるコンテンツをブロックチェーン技術の活用で暗号資産化し、所有権を確立することで、安全かつ仲介不要な取引を実現。さらにレベル2では、仮想空間のスペースを所有するユーザーに対して、様々なビジネスサービスと仮想オフィス機能を提供する。

ここで一つ言及したい。同社は仮想空間内でのビジネスを根本から支えるために、既存のステーブルコインBUSD(仮想通貨)をベースとした独自のステーブルコインMUSDを発行している。このことは、将来的にメタバースの中で全く新しい経済圏が構成される大きな可能性を秘めており、これからのメタバースビジネスを考えるうえでは避けては通れない要素を備えていると言える。

バーチャルインフルエンサー「AI_Ailynn」

前記のようなメタバースにおけるビジネス基盤の構築に合わせて、今後、既存ビジネスのモデルも変化していくだろう。例えばSNS関連のビジネスについて見ていきたい。

近年SNSは多くの人々の生活に欠かせないものとなってきている。ユーザーは自らのファッション、ライフスタイルや思想などを、SNSを通じて発信し、多くのユーザーから共感を得ると同時に他のユーザーへも影響を与えている。それによって多彩なサブカルチャーが生まれてきた。特にSNSの世界的普及が急激に進んでいる今、どのようなサブカルチャーであっても瞬く間に世界中に広がる可能性がある。

このような特性を反映するものとして、膨大な数のSNSフォロワーを持つユーザーへ、自らの影響力を駆使し、新たな消費文化を創り出すSNSインフルエンサーの存在があり、企業にとってはマーケティング活動の大変重要な要素となっている。日本ではまだ少ないが、アジアの他の国では、こうしたインフルエンサーを戦略的に育て、管理するエージェンシーサービスを提供する企業も存在しており、一大ビジネスになっている。

最近では、このようなSNSインフルエンサーにも大きな変化が現ている。例えば、タイでは、SIA Bangkok社が2020年に初のバーチャルインフルエンサー「AI_Ailynn」を開発し、Instagramなど、SNS上での活動を開始している(図2)。「AI_Ailynn」は容姿、年齢、性格やファッションセンスなど、様々な要素がきめ細かく設計されている。また、最新のCG技術を駆使し、現実の場所、店の風景を背景にした自然な自撮り画像を生成することで多くの現実のフォロワーを集めることに成功している。

【図2】バーチャルインフルエンサー「AI_Ailynn」

【図2】バーチャルインフルエンサー「AI_Ailynn」
(出典:SIA BANGKOK, https://www.instagram.com/ai_ailynn/)

こうした取り組みは仮想と現実の境界線を曖昧にすることができるため、SNS系のメタバースの発展には欠かせないものである。また、メタバースにおける広告の一つの形を提案しているところにも大きな意義がある。タイの大手新聞社Bangkok Postによると、タイでは、2020年時点で、デジタル広告の市場規模が700億円に達しており、今後はさらに拡大する傾向にある。そのうち、9%はインフルエンサーによるものであり、バーチャルインフルエンサーによる新たなマーケティング手法が一つの世界的なトレンドになる可能性を示唆しているとも言えよう。

工場の仮想運営を実現するHyundaiの「Meta-Factory」

ここまでメタバース内におけるビジネスの基盤づくりやビジネス開発の事例について紹介してきたが、仮想空間の現実空間における活用を考えることも重要だ。特に製造業においては、メタバースの製造現場への利活用に大きな可能性が見出されようとしている。自動車産業での例を見てみよう。

2022年1月に、韓国の大手自動車メーカーのHyundai自動車は米国で開催された世界最大規模の電気製品展示会CES 2022にて、リアルタイム3Dコンテンツの作成・運用プラットフォームで有名なUnityとの戦略的パートナーシップに関する覚書の締結を発表した。このパートナーシップの主な目的は、両社が共同で「Meta-Factory」のロードマップとプラットフォーム構築に取り組むことだ(図3)。Hyundaiはまず2022年中に「Meta-Factory」のコンセプトをHMGICS(Hyundai Motor Group Innovation Center in Singapore)の施設に適用し、同社グループ内での研究開発のためのオープンイノベーションをサポートする予定である。

【図3】HundaiのMeta-Factory構想

【図3】HundaiのMeta-Factory構想
(出典:HYUNDAI, https://www.hyundai.news/eu/articles/press-releases/hyundai-and-unity-partner-to-build-meta-factory-accelerating-intelligent-manufacturing-innovation.html)

「Meta-Factory」は、実際の工場のデジタルツインをメタバースプラットフォーム上に構築し、工場の仮想運営をすることで生産の最適化を図ることができるものだ。これによって、管理者は工場に行くことなく様々な問題を解決できるようになる。また、「Meta-Factory」の利用者は、自動車関連ソリューションの開発およびテストをメタバース空間内で実施することができるため、自動車の生産のみならず、関連する様々な技術開発の効率を大幅に向上させることができ、業界に対して大きなインパクトを与えることが予想される。

この構想の行方はどこにあるのだろうか。同社は仮想世界と現実世界の相互の干渉・補完を図ることで、時間と空間における現実世界の物理的限界を克服するというビジョンを持っているようだ。その実現に向け、同社は生産現場へのフレキシブルなロボットの導入を目指しており、最先端のロボット技術アセットを獲得するために、2021年に世界的に有名なBoston Dynamics社を買収し、仮想世界と現実世界をロボットで結び付けようとしている。

まとめ

今までは、いかに高品質のものを作るかということが重要視されていた時代だったが、グローバル化や各国における製造能力の普及により、国や地域による品質の差はこれからますます縮まっていくだろう。また、メタバースのようなテクノロジープラットフォームが誕生したことで、物理世界での制約が軽減されることもあり、今後は創造力に富んだアイディアをいかに生み出し、迅速に社会実装できる仕組みを構築していけるかが今後の市場競争の重心となりうる。

世界トップレベルのモノづくり技術を誇る日本は、これから大きく発展するメタバースビジネスの技術基盤構築に大きな役割を果たすだろう。それと同時に、メタバース内における新たな経済活動を支える仕組みづくりへの貢献にも期待したいところだ。

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部無料で公開しているものです。



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