2024.1.30 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

世界を変える生成AI:機会、リスク、そして国際的対応の動向

Image by Sayedur Rahman from Pixabay

1 はじめに

人間社会が絶え間なく進歩を遂げてきた最大の理由の一つは、人間が文化、芸術、科学技術、政治経済等、様々な分野で顕著な創造性を発揮してきたことにある。この創造性は他の生物にはない人間独自の特性であり、これまで機械では代替不可能であると考えられてきた。しかし、生成AIの技術は未熟ながらも、現在の段階で人間の創造性の一部をある程度模倣することが可能になっており、従来の常識を覆す可能性を秘めている。生成AIを適切に活用することで、世界の飛躍的な進歩を実現できる可能性があるが、誤った使い方をすると人間社会の根本を揺るがすリスクも潜んでいる。現在、我々はこのような歴史的な転換点に立ち会っており、生成AI技術の恩恵を享受しつつ、そのリスクをどのように回避するかは、全世界の国々や産業界にとって重要な課題であるといえよう。

本稿ではEU、米国、中国、日本、シンガポール、インドが、生成AIの活用に際してどのような戦略や対策を講じているのかを概観する。また、これらの国々の今後の展望についても考察を深めていく。

2 市場革新と応用分野の多様性

2022年11月にOpenAIのChatGPTが市場に投入されて以来、GAFAを含む大手IT企業が続々と参入を発表し、生成AIブームが巻き起こった。ドイツのStatistaのデータ(2023年8月)【図1】によると、生成AI(ジェネレーティブAI)の世界の市場規模は2024年に666.2億米ドルに達すると予測され、2030年には市場規模2,070億米ドルになると見込まれている。

【図1】生成AI(ジェネレーティブAI)の2020~2030年までの市場規模の推移

【図1】生成AI(ジェネレーティブAI)の2020~2030年までの市場規模の推移
注:データは2023年8月現在の為替レートを使用し、ロシア・ウクライナ戦争の市場影響を反映。
(出典:Statista  https://www.statista.com/outlook/tmo/artificial-intelligence/generative-ai/worldwide)

生成AIは画像、音声や動画等、様々な種類のコンテンツ生成が可能な最新の人工知能技術で、その応用範囲は広い。中核技術の一つである自然言語処理を利用したLLM(大規模言語モデル)では、多様な言語を理解し、人間の複雑な質問に適切な回答を提供する。また、利用履歴の分析による新たな知識の蓄積が可能なため、マーケティング、セールス、カスタマーサポート、データ分析、検索、教育や法律等、多くの分野で活用されている。画像処理では、蓄積された画像データをもとに、芸術作品の画風模倣や文書からの自然な画像生成が可能となり、映像コンテンツの制作効率向上への支援ができる。さらに、コンピュータープログラムや新規デザインの自動生成も実現しており、工学、医学などの分野でも研究開発の補助として利用されている。

3 社会の在り方に影響を与えかねないリスク

生成AIの多様な利用可能性がもたらす市場機会は計り知れないが、その性能の高さが故に、社会に大きなリスクを及ぼす可能性も危惧されている。例えば、実在する人物の動画や音声を人工的に合成するディープフェイク技術の悪用が問題視されている。ディープフェイクは、特定の人物の実際には存在しない動作や発言をリアルに再現でき、元々はエンターテインメント用途に開発された。近年では、App Storeなどで関連アプリ[1]を容易に入手できるようになっている。しかし、生成されたコンテンツはあまりにリアルで高精細であることから、2017年の公開以降、悪用されるケースが増えている。金銭を目的とした詐欺、政治に対する世論操作等、経済や社会秩序に大きな損害をもたらすリスクが指摘されている。生成AIが内包するリスクに関する懸念は、市場への応用の活発化を考慮してさらに広がりを見せている。近年、人間社会の価値観や生活様式への影響も懸念されており、この点について多くの議論が行われている。以下【表1】に、広く認識されている7つの主要なリスクをまとめた。

【表1】生成AI利用時の主要な7つのリスク

【表1】生成AI利用時の主要な7つのリスク
(出典:筆者作成)

4 各国の対応と展開

生成AIは大きな機会とリスクを併せ持つ諸刃の剣である。技術が市場投入された以上、リスクを回避し恩恵を最大限に享受することは、世界各国にとって重要な課題だ。新しい技術が生まれると、市場投入をしながらその問題点を洗い出し、法規制などで対応をしていくのが一般的だが、生成AIの場合は問題が発生した時の影響度合いが大きいため、各国の対応は慎重である。リスク回避のためのガイドラインや法律を設けることが重要だが、技術の発展や社会への実装を妨げない対策も同様に重要である。こうした規制と発展のバランスをどう維持していくかが、世界各国で議論されている。また、国家間の経済的な結びつきが密接になっている現在、生成AIの国際的なガバナンスにおける国家間の協力も非常に重要である。しかし、各国の事情の違いにより、生成AI規制に対する考え方には温度差があり、国際協調と市場競争の維持という大きな課題が存在する。以下では、生成AIを積極的に利用しようとしている主要国と地域(EU、米国、中国、日本、シンガポール、インド)の対応について考察する。

国別の動向

生成AIに対する政府の政令や法律などの制定に関する国別動向を【表2】にまとめた。

【表2】生成AI利用に向けた各国の取り組み

【表2】生成AI利用に向けた各国の取り組み
(出典:各国の公開情報をもとに筆者作成)

【表1】で示したような7つの主要リスクへの対応は、国によらず基本的なアプローチとなっているが、その具体的な形態は国によって異なる。一部の国ではガイドラインが採用されている一方で、他の国では法律による規制が設けられている。

EU

EUは多様な文化や経済状況を反映し、基本的にリスクベースのアプローチを採用しており、法律による規制を進めている。生成AIシステムを社会への影響度合いに応じて「容認できないリスク」、「高リスク」、「限定的リスク」、「最小または無リスク」の4つのレベルに分類し、それぞれに適した規制を課している。欧州会議の公開情報によると、このアプローチは民間の市民団体からは支持されているが、一方で産業界からは定義や役割の明確化の要求があり、経済発展の妨げになる可能性も指摘されている。また、国際的なルール作りにおいて、EUは自らのフレームワークを基本に積極的に働きかけている。

米国

米国は国家安全保障と憲法に基づく基本的人権の保護を重視し、政府のガバナンスを強化する規制を進めている。将来の競争優位性の確保と国際的な主導権獲得を重要な目標として明確に掲げている。さらに、法律と同等の効力を持つ大統領令により、議会審議を必要とせず、迅速な対応を実現している。

中国

米国と同様、中国は国家安全保障を重視し、政府のガバナンスの強化を目的とした法律レベルの規制を進めている。これには、利用するAIモデルの政府機関への登録、利用者の実名登録、トレーニングデータの詳細開示など、非中国企業が承諾するのに懸念を持ちやすい内容が含まれている。これにより、外国企業が中国市場に進出する際の難易度が高まると予想され、中国の国際競争における独自の戦略が垣間見える。

日本

日本ではAI利用に関する指針をガイドラインレベルで策定しており、独自のルールを設けるよりも国際協調に基づくグローバルなルール作りを重視している。さらに、技術開発や人材育成における日本の国際競争力の向上に強く焦点を当て、有識者を交えた政府主導での継続的な議論が行われている。

シンガポール

シンガポールは新規技術の積極的な利活用で知られ、ハイテク企業の育成や新規市場の開発に注力している。特に、生成AIを活用した金融業界等特定の分野でのユースケース作りに直近の重点を置いている。市場での試験的運用を試しつつ、効果的な利用フレームワークの構築と、問題点の特定、対応方法の検証を行っている段階である。規制に向けた動きも進んでおり、その具体的な程度はフレームワークの試験運用の結果によって決まる見込みである。

インド

インドは世界に多くのIT技術者を供給してきた背景を持ち、AIを含む新興技術を対象とした包括的なデジタル関連法案を既に制定している。この法案の詳細については更なる調査が必要だが、経済効果の最大化を目指すリスクベースのアプローチであると推測される。

5 まとめ

本稿では、生成AIがもたらす機会とリスク、そして急速に市場に展開する生成AI技術を活用した各種サービスへの各国の政策や法律等による対応について見てきた。生成AIは革命的な技術であり、人間社会に与えるその影響は計り知れない。国際社会は、効果的なガバナンスを実現するためのルール作りの重要性を認識している。しかし、巨大な経済利益とリスク対応のバランスについては、各国間で明確な温度差が存在する。欧米と中国、日本は将来の市場におけるリーダーシップの確保に既に注力している。一方、インドは経済効果の最大化を目指し、シンガポールは特定分野での優位性確保を追求している。このような状況の中で、各国が市場での存在感を高めながら、いかに協調してリスクを回避していくのか、そして各国企業の最新動向について、次回(本誌World Trend Report 2024年4月号掲載予定)に向けて調査を進めていきたい。

[1] App Store(https://apps.apple.com/jp/app/ deepfake-swap/id6444704970)

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