2024.4.26 法制度 InfoCom T&S World Trend Report

アバター法は「馬の法」か「サイバネティック・アバターの法律問題」第13回(完)

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サイバネティック・アバター(CA)と法に関する13回にわたる連載は今回でついに最終回を迎える。最終回は、「アバター法」というものが憲法、民法、刑法等に並ぶ法領域として成立するのかという問題と、これまでの連載で検討できなかったいわば「残された課題」に関する初歩的な考察を行うことで、連載の締めくくりとしたい。

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第1 アバター法は「馬の法」か

1 はじめに

前回までで既に12回もの間、本連載を継続することができた。それらの各記事に共通する問題意識として、「アバター法は『馬の法』か?」というものがあった。ここで「馬の法」というのは、サイバー・スペース法が「馬の法」であるかに関するローレンス・レッシグとイースターブルック判事の間の論争1において論じられた問題のことを意味している。つまり、イースターブルック判事は馬の不法行為に関する問題が、単なる不法行為法の馬の事案への適用の問題に過ぎず、また、馬の契約に関する問題が単なる契約法の馬の事案への適用の問題に過ぎないとした上で、まさに「馬の法」という法分野が存在しないのと同様に、サイバー・スペース法という法分野は存在しないと主張した。

これに対し、レッシグは、サイバー・スペース法には固有の特徴があるとして、特にアーキテクチャー、とりわけコードの重要性を強調した。少なくとも日本では「情報法」という分野は既に確立した分野と評することができるだろう2

そして、本連載における重要な問題意識の一つというのは、アバターに関する法律問題というのは、まさにイースターブルック判事がサイバー・スペース法を評したように、例えば、アバターの名誉毀損(第3回参照)等の不法行為であれば、単なる不法行為法のアバターへの適用の問題、アバターに関する契約(第11回参照)の問題であれば単なる契約法のアバターへの適用等の問題に過ぎないのではないか。

つまり、アバターに関する法律問題を研究したところで、既に確立している、憲法、民法、刑法等の各法分野の、既存の法解釈に影響を及ぼさず、単にその当てはめの例が新しく加わるというだけであって、新たな法領域たる「アバター法」など存在しないのではないか、という問題意識である。

ここで、既に情報法が法分野として確立済みであることは指摘せざるを得ない。例えば、CAの活動範囲がアーキテクチャー、とりわけメタバースの創造者であるプラットフォームが定義するところのアーキテクチャーやコード3に制約されるという部分は、まさに情報法の取り扱うサイバースペースの特徴であり、このような特徴をより適切に捉えるというのが、情報法(サイバー・スペース法)が固有の法領域たる所以である。

そうすると、メタバースにおけるアーキテクチャーやコードによる制約という点を捉え、それをよりよく説明するための法分野が必要だ、という議論は、少なくとも既に情報法が存在する現時点において、新たにアバター法を確立すべき理由にはならない。要するに、メタバースやアバターに関して生じる特徴の多くは、必ずしもアバターだから生じる特徴なのではなく、それがサイバースペースにおけるもの(又はリアルとサイバーが交錯する領域におけるもの)である限り、いずれにせよ生じ得る特徴である。そして、これらの特徴は、情報法において既に論じられている。

だからこそ、現代においてアバター法を法分野として確立する上では、メタバースがインターネット上に存在することから必然的に発生する、情報法において既に論じられている点のみを指摘し、これを論じるために新たな法領域が必要だと論じるだけでは全く説得性がない。

だからこそ、そのような意味におけるアバター・メタバースのみで生じ得る、新たな固有の特徴は抽出することが可能なのかというのが、アバター法が「馬の法」かという問題における、「リアル・クエスチョン」であるように思われる。

以下では、この点に関連する、新保教授の見解、小塚教授の見解及び成原准教授の見解を検討したい。

2 新保教授の見解

新保教授は2021年の段階では「CAを用いた諸課題の検討にあたって法的検討対象を明確化するため、CAに係る法的課題を便宜上『アバター法』と称して論じるに過ぎない、ゆえに、アバター法という新たな法分野の創設を試みるものではない」4としていた。

即ち、当初新保教授は、ローレンス・レッシグとイースターブルック判事の間の論争で言うと、イースターブルック判事の立場に近い立場を志向していた、と評することができるだろう。

その後、2022年になると、新保教授は、「(CAの活動する空間が)これまで所与の前提と考えてきた現実空間とは異なるがゆえに、実社会の法や倫理規範をそのまま適用できない場面が増えることが想定される。MV〔メタバース:引用者注〕と現実空間の双方で自分の分身であるCAで活動するにあたって遵守すべき社会規範や法的課題を扱う法分野として、『アバター法』の検討に着手する時が来たと考えている。」5とするようになった。

これは、(イースターブルック判事に反論した)レッシグと類似した立場から、現実空間と異なるメタバースを含む活動範囲を有するCAに関する法は、既存の法分野の単なる応用にとどまるものではなく、そのような特殊な位置付けから、固有の問題が多く生じる以上、そのような固有の問題に通有する、アバター法の固有の特徴を析出できるのではないか、そしてもしそうであれば、「馬の法」ではない意味における、新たな法分野たる「アバター法」を確立することも可能なのではないか、という問題意識を示したものと理解される。

3 小塚教授の見解

小塚教授は「仮想空間の法律問題に対する基本的な視点」6の中で「仮想空間と現実世界の抵触に際しては、「現実世界の優位」という原則が妥当すると考えられる」とする。

要するに、アバターの世界において何らかの法律問題が生じた場合においては、原則としてまずは現実世界の法律としてどのようなものが存在するかが問題となり、その問題がアバターの問題であったとしても、まずはその現実世界の法律の要件充足の有無が検討されるべきであって、要件が充足していれば原則として効果が発生するということになる、という考えである。

小塚教授は、現実世界で確立されている政策判断や価値判断は、仮想空間内の活動に関しても損なわれてはならず、他方で、仮想空間に対する影響を考慮して現実世界での行動が制約されることは、少なくとも当面は、想定しにくいことがこのような現実世界の優位原則の根拠とする。

このような見解を採用すると、現実世界の法とアバターに関する仮想空間の法を比較すると、仮想空間の法は現実世界の法に劣後するということになりかねない。いや、むしろ、アバターに適用される法が何かというものを考える上では、単に現行法の解釈・適用だけを考えればいいのであって、仮想空間固有・アバター固有の法の問題など存在しないのだ、という理解にさえ至り得る。これは、イ―スターブルック判事のような、アバター法を「馬の法」とする見解に親和的であるものと評することもできるだろう。

4 成原准教授の見解

成原准教授は、CAの法律問題の「根底には、現実世界と仮想世界の間で主体や客体のアイデンティティ(例えば、アバターと利用者とのアイデンティティ、現実の土地・建物とバーチャルな土地・建物とのアイデンティティ)をいかなる場合にどこまで認めるべきなのかという問題を見いだすことができる。」7とする。

5 私見

本連載第3回においては、大阪地判令和4年8月31日8のようなVTuberの名誉毀損・名誉感情侵害事案を紹介した。この事案では、VTuberに対する「仕方ねぇよバカ女なんだから 母親がいないせいで精神が未熟なんだろ」という侮辱的投稿がVTuberの中の人の名誉感情を違法に侵害するものかが問題となった。そして、特に重要な問題として、VTuberの名前を利用したこのような侮辱的な投稿は、VTuberという架空のキャラクターを傷つけただけであって、現実世界の人間である「中の人」に対する侮辱にはならないのではないか、という同定可能性の問題があった。裁判所は、最終的には同定可能性を肯定して、名誉感情侵害を認めた。その際には、以下のとおり述べた。

「『宝鐘マリン』としての言動に対する侮辱の矛先が、表面的には『宝鐘マリン』に向けられたものであったとしても、原告は、『宝鐘マリン』の名称を用いて、アバターの表象をいわば衣装のようにまとって、動画配信などの活動を行っているといえること、本件投稿は『宝鐘マリン』の名称で活動する者に向けられたものであると認められる」

これはあくまでも1例に過ぎないものの、アバターにおいては、甲というVTuberの「中の人」が乙である場合において、「乙はバカだ」と投稿すれば、それは当然のことながら乙に向けた投稿ということになる(同定可能性が肯定される)ものの、「甲はバカだ」と、乙という表現を一切使わない投稿であっても乙に向けた投稿として同定可能性が肯定されるか等のアイデンティティが問題となることが多い9

また、連載第8回では、いわゆるなりすましの問題を取り上げ、アバター時代においては、少なくともある側面においては、他人になりすます事案が増加し得ること、つまり、アイデンティティが偽られる事案が増加する可能性があることを指摘した上で、だからこそ、アイデンティティ権等の問題が重要になることを指摘した。

さらに、人格権以外であっても連載第11回においては契約問題を検討したところ、アバターを通じた契約の場合において誰と誰の間で契約が成立するのか、特に複数人が中に存在する、複数人共有アバターの場合において、その契約当事者の認定に関して大きな問題が生じ得るところ、この問題を認証によって一定程度解決することができる可能性はあるものの、それでもまだ課題は残ることを明らかにした。

なお、連載第9回及び第10回で指摘した知財の問題は、必ずしもアイデンティティの問題と同一ではないものの、著作者人格権・実演家人格権の問題や、商標による出所表示機能等は、広い意味でのアイデンティティの問題と評することもできるかもしれない。

これらはあくまでも一部を列挙したに過ぎない。CAの問題においては、様々な意味におけるアイデンティティの問題が溢れている。このような状況を踏まえ、個人的には、以下のように、成原准教授の見解をもとに、そこで問題となり得るアイデンティティの範囲を拡張した上で、そのような修正された成原准教授の見解に賛同したい。

CAの世界では以下のような形で様々な同一性(アイデンティティ)が問題となり、このような同一性(アイデンティティ)問題に関する新たな挑戦をどのように法学として受け止めるべきかが重要な問題となる。

  1. 中の人とアバターの同一性
  2. 仮想世界1におけるアバターAと仮想世界2におけるアバターBの同一性
  3. 現実世界における(例えばテレエグジスタンスロボット)アバターと仮想世界におけるアバターの同一性
  4. 中の人が複数のアバターを自己の分身として用いる場合のアイデンティティ
  5. 複数の中の人が同一のアバターに関与する場合のアイデンティティ
  6. その他、将来的に無限に広がり得るCAの利用形態の拡張に伴う、新たな同一性の問題

確かに、同一性(アイデンティティ)が問題となる事態は、SNS上でハンドルネーム等を使って交流する場合にも一定程度生じており、連載第3回では、このようなSNSの文脈等で既に形成されてきた議論を踏まえた考察を行った。とはいえ、複数の中の人が同一のアバターに関与する場面として、VTuberを挙げることができるところVTuberにおいて大量の誹謗中傷事件が生じている。そこで、どのような理論的根拠に基づき、誰に当該誹謗中傷の被害を帰属させるべきか、という問題が急務になっている10。そして、上記のとおり、その問題は従来のSNSにおける「SNS上の匿名アカウントと『中の人』の同一性」といった単純な問題ではなく、多数の問題群へと発展している。また、上記のとおりこれは単なる人格権だけの問題ではなく、契約や知財等の他の分野にも広がりを持っている。

だからこそ、同一性(アイデンティティ)問題に関する新たな挑戦をどのように法学として受け止めるべきかが重要な問題となり、この問題について今後、更なる検討が必須である。

そして、このような点を検討する営為の中で、もし、同一性(アイデンティティ)に関する(特に従来の情報法における議論と異なった)新たな議論が生まれるのであれば、まさにその部分について「馬の法」ではない、アバター法(CA法)を他とは異なる固有の法領域として新たに確立するだけの価値が生じ得ると考える。

本連載の段階では、そのような新たな議論を明確に提示するに至っておらず、その意味では、議論は未完成である。もっとも、本連載の各論文において、そのような将来の新たな議論の土壌となるような、様々な問題意識を示したつもりである。

よって、本連載をいわば「叩き台」として、今後さらに議論が盛んに行われるようになり、その結果として、「馬の法」ではない意味におけるアバター法(CA法)の議論が生まれるようになるのであれば、1年以上の期間集中して研究を重ね、そして、自分一人だけではなく、新保教授、栗原主任研究員を含む多くの関係者と協力しあって本連載を継続してきたことに意義があったことになるだろう。

読者諸氏におかれては、是非このような観点でご検討いただきたい。かつ、筆者として、本稿及びそれ以外の本連載の各論文が誤りを含まないとは全く考えていない。そこで、本連載の議論において批判すべきことがあれば、忌憚なき批判を願いたいところである。

InfoComニューズレターでの掲載はここまでとなります。
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第2 残課題

第3 連載を終えるに当たって

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部抜粋して公開しているものです。

 

本研究は、JSTムーンショット型研究開発事業、JPMJMS2215の支援を受けたものである。本稿を作成する過程では慶應義塾大学新保史生教授及び情報通信総合研究所栗原佑介主任研究員に貴重な助言を頂戴し、また、早稲田大学博士課程杜雪雯様及び同修士課程宋一涵様に裁判例調査及び脚注整理等をして頂いた。加えてWorld Trend Report編集部の丁寧なご校閲を頂いた。ここに感謝の意を表する。

  1. Frank H. Easterbrook, Cyberspace and the Law of the Horse, 1996 U. CHI. LEGAL 207(1996)、Lawrence Lessig, The Law of the Horse: What Cyberlaw Might Teach, 113 HARV. L. REV. 501(1999)
  2. この点については「中央大学国際情報学部国際情報学科 カリキュラムマップ」<https://www.chuo-u.ac.jp/uploads/2023/12/academics_faculties_itl_guide_curriculum_06_t1.pdf?1712183588851>の「情報法」が情報法として論じられている主な分野を網羅していて参考になる。なお、成原慧他『情報法』(法律文化社、近刊)において、筆者も共著に参加して、情報法の体系的な素描を実現しようとしている。
  3. 「メタバースのシステム構成は、メタバースの『自然法則』を作り出すことにより、仮想空間での利用者の活動を可能にしたり、制約する」とする成原慧「メタバースのアーキテクチャと法:世界創造のプラットフォームとそのガバナンス」Nextcom52号(2022)25頁を参照。
  4. 新保史生「サイバネティック・アバターの存在証明─ロボット・AI・サイバーフィジカル社会に向けたアバター法の幕開け─」人工知能36巻5号(2021)571頁<https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsai/36/ 5/36_570/_article/-char/ja/>(2024年4月4日最終閲覧、以下同じ)
  5. 新保史生「サイバー・フィジカル社会の到来とアバター法」ビジネス法務2022年4月号6-7頁。
  6. 小塚荘一郎「仮想空間の法律問題に対する基本的な視点:現実世界との『抵触法』的アプローチ」情報通信政策研究6巻1号(2022)75-87頁<https://www.jstage.jst.go.jp/article/jicp/6/1/6_75/_article/-char/ja/>
  7. 成原・前掲注3)27頁。
  8. 大阪地判令和4年8月31日判タ1501号202頁。
  9. なお、この点については松尾剛行「仮名・匿名で活動する主体に関する名誉権等の人格権法上の保護─サイバネティック・アバター時代を背景として」学習院法務研究18号(2024年)35頁以下も参照されたい。
  10. 松尾光舟=斉藤邦史「アバターに対する法人格の付与」情報ネットワーク・ローレビュー22巻(2023)45-66頁<https://www.jstage.jst.go.jp/article/inlaw/ 22/0/22_220001/_article/-char/ja/>

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