世界の街角から:アメリカの大自然に触れる旅 ~グランドサークルをめぐる【前編】~
「旅は人を謙虚にする。自分の居場所が世界のほんの小さな場所だと知るからだ。
(Travel makes one modest. You see what a tiny place you occupy in the world.)」
代表作『ボヴァリー夫人』で知られるフランスの小説家ギュスターヴ・フローベール(Gustave Flaubert)の言葉です。
旅をするのは、その土地の美しい景色や文化に触れ、美味しい食事を堪能し、人々と触れ合うことで日常生活を忘れて気分転換することが目的だと思います。そしてそれにとどまらず、日常生活に戻った時、また頑張ろうという気持ち(元気)にさせてくれるのも旅の大きな効果です。フローベールの言葉にあるように、旅が私たちの存在の小ささを痛感させ、もっと成長したいという自己実現欲求を刺激するからかもしれません。
旅は私たちを成長させてくれる、人生への贈り物ともいえる貴重な体験ですが、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、泣く泣く自粛されている読者の方々も多いと思います。筆者も旅に出たくてうずうずしていますが、一日も早くこのコロナ禍を終息させて、自由に旅を楽しむことができるよう、読者の皆様と同じく感染予防対策を継続していきたいと思っています。
これまでに筆者が元気をもらった旅はたくさんありますが、その中の一つを「アメリカの大自然に触れる旅~グランドサークルをめぐる~」と題して紹介させていただきます。自由に旅を楽しめるようになった時の参考にしていただければ幸いです。筆者が訪れた10カ所を前後編2回に分けて紹介したいと思います。また旅の拠点としたラスベガスにも少し触れたいと思います。
【前編】
- ラスベガス
【後編】
グランドサークルとは
1872年、アメリカ合衆国第18代大統領ユリシーズ・S・グラントが「イエローストーン国立公園法」に署名し、世界で初めて「国立公園」という制度が成立しました。先祖から受け継いだ自然をそのままに極力人の手を加えずに保護し、子孫に残していくことが目的です。1916年には「風景、自然、史跡、および野生動物を保存すること」を目的に国立公園局が創設され、以後すべての国立公園、多くの国定記念物、その他様々な自然保護物と歴史的遺産を管理しています。その制度のおかげで、見るものを魅了する大自然が400近くほぼそのままの状態で残されています。
そのような大自然が比較的まとまって存在する地域があります。アメリカ西部ユタ州とアリゾナ州の州境にあるレイクパウエルという巨大な人工湖を中心に描いた半径 230キロメートルの円(サークル)に囲まれたエリアです。「グランドサークル」と呼ばれるそのエリアには8の国立公園、16の国定公園、19の国立モニュメントや州立公園、その他多くの自然景観が含まれており、それらの大自然をまとめて見ることができるため世界屈指の観光スポットとなっています(図1)。
グランドサークルの拠点ラスベガス
グランドサークルをめぐる旅の拠点として人気なのがラスベガスです。ラスベガスはアメリカ南西部ネバダ州にある、言わずと知れた世界有数のエンターテインメント都市です。多くの旅行者と同じく筆者もグランドサークルを訪れる際の拠点としました。その主な理由は次の2点です。
1.時差ボケ解消に最適
日本を出発した日にラスベガスに到着すると、時差の関係で現地時間の午後(日本時間の深夜から早朝)に強烈な睡魔に襲われます。そこで眠ると大体現地時間の深夜に目が覚めることになります。他の都市では深夜に何かすることは難しいと思いますが、「眠らない街」ラスベガスではほぼ昼間と同様のことができますので、こうした時間の使い方は時間のない旅行者にはとても魅力的です。
筆者はグランドサークルをレンタカーで1週間かけてめぐりましたが、総走行距離は約1,500マイル(約2,400km、札幌~鹿児島くらいの距離)の長旅になりました。こうした長旅に備えるという意味でも、ラスベガスで1~2日かけて時差ボケを解消し体調を整えてから出発するのが良いと思います。
2.人工都市ラスベガスとグランドサークルの大自然の対比に感動
砂漠の真ん中に人間が創り上げた人工都市ラスベガスと、グランドサークルにある大自然は対照的です。ラスベガスで人間の偉大な創造力に感動し、グランドサークルで大自然の偉大な創造力に感動し、さらにそれらを対比することでさらに深い感動を味わうことができます。
ラスベガスには様々なエンターテインメントが存在しますが、筆者にとって思い出深い(その体験を思い出すと今でも手に汗をかきます)アトラクションを1つ紹介します。それはストラトスフィアタワーにあるビッグショットというライドで、高さ281mのタワーの屋上から時速72kmで49m上空に打ち上げられ、その後自由落下するというものです(写真1、2)。
打ち上げ時にかかる負荷は4G(スペースシャトルで最大3.5G)で、頂上に到達した時は身体が宙に浮いて上空に放り出される感覚でした。初回は景色を楽しむ余裕が全くありませんでしたが、2回目以降はラスベガスの街並みやその先に見える大自然を堪能することができました。もし体験される場合は、昼と夜の両方を体験されることをおすすめします。全く違う景色を楽しむことができます。
それでは次節以降でグランドサークルの大自然を紹介していきます。
1.ザイオン国立公園
ラスベガスから北東に約250km、車で約2時間半の距離にあるザイオン国立公園は、ラスベガスから比較的近いことと岩と水と木々の緑のコントラストが鮮やかでとても人気があります。バージン川が長い年月をかけて創り上げた大渓谷で、「自然が造った神の寺院」と呼ばれる垂直にそびえ立つ岩山の壁を谷底から見上げて楽しむことができます。実際にその前に立つと岩の壁が覆いかぶさってくるような迫力がありました。その高さは高いところで700m以上あり、上から眺めるグランドキャニオンになぞらえて、下から眺めるグランドキャニオンとも呼ばれています(写真3)。
筆者が訪れた夏季の園内移動は無料シャトルバス(6~10分間隔で運行)に限られます。バス停は見所を考慮して設置されており、好きなところで自由に乗り降りできます。なお最終バスの時間は確認しておく必要があり、もし乗り遅れると徒歩で帰らなければなりません。
アメリカの国立公園の楽しみ方は様々ですが、その中でも人気なのはトレッキング(ハイキング)です。様々な難易度のトレイル(自然遊歩道)が整備されており、旅行者それぞれが自分のスキルやペースで楽しめるようになっています。ちなみにアメリカで最長のトレイルはアメリカン・ディスカバリー・トレイルと言われており(諸説あり)、西海岸と東海岸を結ぶその距離はなんと約10,940kmだそうです。
ザイオン国立公園にも様々なトレイルが整備されていますが、筆者が体験したナローズトレイルは、気軽に楽しめる上にとてもユニークでおすすめです。行き方はバス停「Temple of Shinawava」で降りて、リバーサイドウォークという川沿いの平坦なトレイルを30分程度(1.6km)歩くとナローズトレイルの出発点に着きます。ナローズトレイルのユニークなところはバージン川そのものがトレイルだというところです。両側にそびえる岩壁の間を流れるバージン川の中をジャブジャブと歩きます。スタート地点の川の水位はくるぶしほどで流れもゆるやかでした。夏のトレッキングでしたので、水の冷たさに癒されました(写真4)。
ナローズトレイルは全長25kmありますが、筆者も含めほとんどの旅行者は自分たちでゴールを決めて折り返してきます。筆者は30分くらいで折り返しましたが、もっと先に進むと、最初広かった川幅が徐々に狭くなって流れも速くなり、最後の方は水位も腰あたりまで高くなるようです。場所によっては川幅が5mくらいまで狭まるそうで、水位が上がった場合に逃げ場がないため、上流で大雨が降った時はトレイルが立ち入り禁止となるそうです。
筆者はまだ体験できていませんが、その他にエンジェルスランディングというトレイルも人気です。片道4km、高低差500m、最後の1kmは両側断崖の細い尾根をチェーンに掴まりながら歩くトレイルです。次回はこの「天使の舞い降りる場所」を歩いてみたいです(写真5)。
2. ブライスキャニオン国立公園
ラスベガスから約420km、車で約4時間の距離にあるのがブライスキャニオン国立公園です。標高2,500メートル付近の高地にあり、地殻変動と水の凍結・融解により高原が円形に浸食されてできた地形で、その景色はまるで巨大な円形劇場のようでした。浸食によってできた特徴的な土柱群は英語で「Hoodoos(フードゥース)」と呼ばれており、これほど大規模な土柱群は世界でも数カ所しかないと言われています(写真6、7)。
ここにも数多くのトレイルが整備されており、土柱群を上から眺めるトレイルや、下から見上げるトレイルなど様々な角度から楽しむことができます。
筆者はその一つナバホループトレイル(2.2km)を歩きました。
出発後すぐに高低差160mの急な坂をスイッチバック方式でジグザグに下りますが、滑りやすいのでグリップの利くシューズがおすすめです(写真8)。
谷底は両側の岩壁が音を遮るため驚くほど静かです。また上からの落石には注意が必要です(写真9)。
トレイルの最後に谷底へ下りた分を登り返さなければなりません。高地のため息切れするかもしれませんので、ゆっくり自分のペースで登り返すのが良いと思います。
3. キャニオンランズ国立公園
さらに足を延ばし、ラスベガスから約680km、車で約6時間半の距離にあるのがキャニオンランズ国立公園です。面積は約1,400 km2、福島県や長野県と同じくらいの広大な土地です。コロラド川とグリーン川によって浸食されてできた大峡谷で、2つの川が園内で合流してY字を描くため大きく3つのエリアに分けられています。そのうちの一つがアイランドインザスカイというエリアで、高台から峡谷を見下ろすことができるため旅行者に人気があります。
アイランドインザスカイにあるグランドビューポイントアウトルックから峡谷を見下ろすと、まるで大平原を巨大な恐竜が歩いたかのような壮大な景色を見ることができます(写真10)。
あわせて多くの旅行者が訪れる絶景スポットがメサアーチと呼ばれる岩のアーチです(写真11)。
アーチを通して見る景色は、額縁に入った絵画を見ているようでとても芸術的でした。筆者は見ていませんが、日の出時、朝日がアーチの正面に昇り、真っ赤に染まったアーチの間から太陽の光が差し込む景色も神秘的だそうです。
写真ではメサアーチの上に旅行者が登っていますが、アーチの向こうは断崖で、転落を防止するものは一切ありませんのでおすすめできません。アメリカでは大自然をめぐる際に何かトラブルが起きても基本はすべて自己責任です。
キャニオンランズのすぐそばにあるデッドホースポイント州立公園にも立ち寄りました。西部開拓時代に野生馬を捕獲するために追い込んだポイントだそうで、逃げようとした馬が谷に落ちてしまったことが地名の由来だそうです。州立公園と侮るなかれ、コロラド川が創り上げた壮大な景色が広がっていました(写真12)。
4. アーチーズ国立公園
最後に紹介するのが、ラスベガスから約730km、車で約7時間の距離にあるアーチーズ国立公園です。グランドサークルの東の端、ユタ州の東に位置します。砂岩が浸食されてできた自然のアーチ(ナチュラルブリッジ)が2,000以上存在します。それぞれが独特な風貌を持ち、見ていて飽きることがありません。
様々なアーチとそれぞれにアクセスするトレイルがセットになっており、どれも魅力的ですが、その中でも必見のスポットを2つ紹介したいと思います。
1.バランスドロック
アーチではありませんが、上部の巨岩が下部の岩を台座にバランスを保って立つ石柱です(写真13)。
全体の高さは39m(11階建てのビル相当)、上部の巨岩の高さは17m、重さは3,500tもあるそうです。専用駐車場のすぐそばにあってアクセスは容易ですし、バランスドロックをぐるっと一周する平坦なトレイル(0.5km)がありますので360度から楽しむことができます。
バランスドロックの隣の岩にもかつては2つの岩が乗っていたそうですが、1975年、1976年と相次いで崩落してしまったそうです。現在残っているバランスドロックもいつ崩落してもおかしくないとのことで、ロックの真下は立ち入り禁止になっています。自然が創り上げた奇跡がいつかは消えてなくなる儚さにも感動しました。崩れる前にまた訪れたい場所です。
【写真13】バランスドロック
2.デリケートアーチ
アーチーズ国立公園を代表する必見のアーチで、ユタ州のシンボルにもなっています(写真14)。
高さは14m(4階建てビルに相当)、幅は10mで断崖の淵に自立しています。その造形の美しさから、自然が創り上げた芸術作品と評されています。特に夕日に赤く染まる景色はアーチーズ観光のクライマックスと言えるかもしれません(写真15)。
デリケートアーチという名前は、ある記事で「このエリアで最も繊細なアーチ」と紹介されて定着したそうです。所々に頼りない「繊細な」部分があり、バランスドロックや他のアーチと同様にいつ崩落してもおかしくない状況だそうです。ぎりぎりで持ちこたえている姿に胸を打たれます。
デリケートアーチがより感動的なのは、片道2.4km、高低差146mの約1時間のトレイルを歩いてようやく会えるからかもしれません。往きはほぼ登りですが、デリケートアーチから戻ってくる人たちの楽しそうな顔を見ると、期待で疲れも吹き飛びます。
トレッキング中にデリケートアーチを見ることは一切できません。トレイルの最後、岩壁に沿って歩き、その壁が切れた瞬間に雄大な姿が目の前に現れます。息を呑む瞬間でした。
日が高いうちは白く見えるのですが、夕暮れになり日が西に傾くにつれてどんどん赤く染まっていきます。夕日に染まるアーチの下には近づかないという暗黙のルールがあるそうで、人々はみな少し離れた場所から、色の移り変わりを静かに眺めていました。教会にいるような荘厳な時間と空間でした。
夕日に染まるアーチを見てから帰る場合、トレイルの途中で完全に日が落ちます。天気が良ければ満天の星に出会えます。月明かりがあれば問題ありませんが、月明かりがない場合は暗いので懐中電灯を用意しておいた方が安心です。また途中巨大な岩盤の上を1km程度歩きますが、所々にケルン(積み石)がありますので、それを道標に進みます。岩盤の端は断崖ですが、余程進路を外れなければ問題ありません。
さいごに(バーチャル旅行)
旅行の醍醐味は、実際にその場所を訪れて“五感”をフルに使って体験することだと思いますが、コロナ禍において外出そのものを自粛されている読者の方々も多いと思います。コロナ禍によって人々のライフスタイルが大きく変わりましたが、そういう時代だからこそのサービスとして、VR(バーチャルリアリティ、仮想現実)技術を活用したバーチャル旅行が数多く提供されるようになりました。世界各国の政府や自治体、旅行会社が様々なバーチャル旅行を用意しています。
VR技術を筆者なりに解釈すると、「現実世界から切り離した状態で人の五感を刺激することで、仮想の世界をあたかも実際に体験しているように感じさせる技術」です。これを完璧に行えれば、家にいながら世界中を旅することが可能となるわけです。現在はまだVRゴーグルによる視覚と聴覚への刺激が中心で、味覚、嗅覚、触覚への刺激はまだこれからというところだと思います。
人の五感による知覚の割合は、視覚が8割程度、聴覚が1割程度と言われています。VRゴーグルは知覚の多くを占める視覚と聴覚に刺激を与えるためのデバイスです。現在の種類は大きく分けると、(1)スマホセット型 (2)PC・ゲーム機連動型 (3)スタンドアローン(専用)型の3つです。(2)と(3)は比較的高価(数万円以上)ですが、①は数千円から手に入れることができます(写真16、視聴するには別にスマホが必要です)。
手軽に始められるスマホセット型VRゴーグルですが、なかなかの臨場感で仮想現実を体験することができます。今回ご紹介したグランドサークルの各スポットも、VRコンテンツとしてYouTube等に数多くアップされていますので、興味のある方はぜひお試しください。
次回は後編として、その他の名所を紹介したいと思います。
※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部無料で公開しているものです。
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