2018.7.27 ITトレンド全般 InfoCom T&S World Trend Report

通貨の3大機能を充足する暗号通貨プラットフォーム

「通貨失格」の烙印を押されている暗号通貨

Bitcoinをはじめとする暗号通貨の未来を占う上で、通貨の3大機能の観点から説明が試みられるケースは非常に多い。通貨の3大機能とはすなわち、(1)交換の手段、(2)価値の尺度、(3)価値の保蔵の3つだ。このような観点の解説記事は国内外を問わず多数あり、そのほとんどにおいて、暗号通貨は3大機能のいずれも満たせていないと結論付けられている。確かにBitcoinなど主要な暗号通貨の現状を考慮すると、投機以外の実用に供されている気配は少なく、通貨とは似て非なるものという評価もやむを得ないところがある。

現時点で暗号通貨が通貨として認められていないのは、主としてボラティリティが原因だ。米ドルに代表される安定通貨と比較すると、その値動きが極端であるのは一目瞭然だ。ボラティリティの高いアセットは、(1)交換の手段、(2)価値の尺度、(3)価値の保蔵のすべてを満たす通貨としては向いていない。

ブロックチェーンによる法定通貨のデジタル化

暗号通貨はブロックチェーンをベースとして成り立っているが、そのブロックチェーンの本質的な意義は、種々の取引において「信頼できる第三者」を省略し、取引にかかる摩擦やコストを大きく低減できるという点にある。つまり、政府や中央銀行といった「信頼できる第三者」によって価値が強力に保証されている米ドルや日本円に対し、トラストレスに振る舞えるのが暗号通貨の大きな特徴だ。

しかし、ブロックチェーンの技術的な有用性が広く認識されたことや現金利用が急速に減少していることを背景として、現在では世界各国の中央銀行が自国の法定通貨にブロックチェーンを取り込むという動きが散見されるようになってきている。例えば、ウルグアイの中央銀行は2017年11月、ウルグアイ・ペソと等価である法定デジタル通貨「eペソ」の試験運用を開始している。スウェーデンにおいても、同様に「eクローナ」の発行計画が検討されている。さらに、カナダ、スイス、中国、ロシア、シンガポール、リトアニアなどでも、ブロックチェーンを活用して法定通貨をデジタル化しようとする取り組みが確認できる。

もっとも、ブロックチェーンを活用するかどうかにかかわらず、通貨のデジタル化という流れが顕著になってきているのは何ら不思議なことではない。というのも、通貨の役割を果たすトークンの形態は人類の歴史上、いくつもの変遷を経てきているからだ。古代では貝殻、近代ではタバコが通貨として通用していたというのはよく知られていることだ。現代に流通している銀行券に関しても、日本円のような紙製のものだけでなく、豪ドルのようなプラスチック製のものもある。要するに、通貨はそれぞれの時代や環境に適した形態を自ら選択しているということだ。

法定通貨とペッグするデジタル通貨

当然ながら、各国が進めている法定デジタル通貨は現行の法定通貨にペッグしている。そうすることによって、通貨の3大機能が維持されるわけだ。しかし、価値が安定的な法定通貨にペッグするデジタル通貨は、各国中央銀行が進めている取り組みだけにとどまらない。

例えば、三菱UFJ銀行のMUFGコイン、みずほフィナンシャルグループが中心となって発行する予定のJコインがある。これらは少なくとも現時点では日本円と等価で発行されるものとみられる。つまり、これらは日本円にペッグするデジタル通貨であり、それぞれは日本円との等価交換が可能であることが保証される。これは、流通しているデジタル通貨に見合う十分な量の日本円を発行主体が保有しているという信用に依拠することになる。日本円にペッグできるのは、このソルベンシーがあるからに他ならない。ちなみに、Suicaなどの電子マネーもこれと似た仕組みになっており、発行主体が全ユーザのチャージ残高の半分以上の金額を保証金として供託することが資金決済法によって義務付けられている。この信用があるからこそ、安心して電子マネーを日常的に利用することができているわけだ。

また、暗号通貨においても、価値が安定的な法定通貨にペッグするものが存在する。最も知られているのは、米ドルと価値が連動するUSDTという暗号通貨だ。これは上記の例と同様に、Tetherという発行主体がUSDTの発行量と同額の米ドルを保有しているという裏付けがあるとされているもので、米ドルとの即時等価交換保証が謳われている。ところが、Tetherが十分な量の米ドルを保有していないのではないかとの疑惑が浮上しており、早くもその信用が揺らぎ始めている。その真偽は不明だが、いずれにしても、法定通貨とペッグする暗号通貨も登場しているというのは重要なファクトだと言える。

ブロックチェーンがもたらすトラストレスネスの発揮

これまで法定通貨とペッグするデジタル通貨を見てきたが、これらはいずれも、発行主体がペッグ先の法定通貨を十分に保有するという言わば古典的な方法で実現されている。しかし、上述したようにブロックチェーンの本質的な意義はトラストレスネスであることから、そのメリットを最大限に享受するためには、法定通貨の預託金という信用が存在せずとも通貨として成り立つことが望ましい。以下では、トラストレスな安定通貨の実現を目指すブロックチェーン・プロジェクトを紹介する。

DAI:トラストレスに実現される安定通貨

ブロックチェーン・プロジェクトの一つであるMakerは、MKRとDAIという2種類のトークンを発行している。そのうち、トラストレスに米ドルとペッグする安定通貨となるよう設計されているのはDAIと呼ばれる暗号通貨だ。DAIはEthereumブロックチェーン上に存在するトークン(ERC20準拠)で、基本的にはBitcoinやUSDTなどと同種のものだと説明できる。しかし、DAIがBitcoinと異なるのは常に米ドルと等価であるという点であり、USDTと異なるのは法定通貨の預託金という信用なしに米ドルとペッグできるという点だ。

DAIの対米ドル・レート推移(2017年12月~)

【図1】DAIの対米ドル・レート推移(2017年12月~)
(出典:CoinGecko)

DAIは担保によって保証されている。Makerのプラットフォームには“Collateralized Debt Position”(CDP)と呼ばれるスマート・コントラクトがあり、このCDPに例えば手持ちのEther(Ethereum上の暗号通貨)などを担保として入れると、その量に応じたDAIが生成されるという仕組みになっている。ここで言うところのスマート・コントラクトとは、Ethereumブロックチェーン上で動く一種のプログラムだ。

この仕組みは、不動産担保ローンに例えると理解しやすいかもしれない。不動産担保ローンの場合、金融機関は申請者の持ち家などを担保物件として融資を行う。何らかの原因で当該物件の価値が下落してしまった場合、金融機関は弁済を求めることになるが、被融資者が返済できなかった場合には担保物件となっていた住宅は差し押さえられる。Makerでは、EtherをCDPに送る(担保に入れる)と、DAI(融資)を受けられる。Etherの価格が一定水準を下回った場合、DAIを返還してEtherを戻すか、DAIが回収されない場合には担保となっているEtherがオークションという形で市場に売りに出され、自動的に弁済が実行されるようになっている。これがCDPというスマート・コントラクトの挙動だ。

DAIの仕組み

【図2】DAIの仕組み(出典:Maker)

当然ながら、不動産担保ローンでは、担保余力が重要な指標となる。例えば、評価額が1,000万円の担保物件に対して融資額が800万円だとすると、担保余力は200万円となる。これはMakerでも同様で、担保量が融資量を常に上回るように維持される。仮にEtherの価格が「1ETH = 500USD」とし、担保化比率を200%に設定したとすると、CDPにEtherを入れることによって250DAIが得られる計算になる。そして、この250DAIは250米ドルと等価だ。

このDAIは米ドルにペッグした安定通貨であることから、通貨の3大機能を果たすことができる。例えば、値動きを気にすることなくDAIを買い物の決済手段として使えるようになり、高額な手数料を負担することなく国際送金が可能になる。当然のことながら、1米ドルの値札が付いているペンは1DAI分の価値があることになる。さらに、資産の海外移転には各国の法制度が障害になるケースが多いが、DAIを貯蓄先にすれば、そのような心配も無用になる。繰り返しになるが、これらがすべてトラストレスに実現されるというのが非常に重要だ。これらは理論的にはBitcoinなど従来の暗号通貨でも可能なことだが、冒頭に記したとおり、ボラティリティの高さが大きな妨げとなる。

さらに言えば、DAIを活用してレバレッジをかけることもできる。生成されたDAIは市場で自由に使うことができるため、DAIでEtherを購入することもできる。つまり、Etherを担保として預託しているという信用に基づいて追加のEtherを入手することができるということであり、DAIを活用してレバレッジ効果を得ることにより、実際に持っている額の数倍のEtherを保有できることになる。

MKR:トラストレスな安定通貨を支えるトークン

DAIはこのようにして安定化が図られているわけだが、ボラティリティが消滅しているわけではない。DAI本来のボラティリティは、Makerのもう一つのトークンであるMKRが一手に引き受ける形で管理されている。そのため、米ドルにペッグする安定通貨であるDAIに対し、MKRは生来的にボラティリティが高い。言い換えれば、DAIが現行の法定通貨のように通貨の3大機能を果たせる暗号通貨である一方、MKRは従来の暗号通貨のように投機的な売買に向いたアセットだと言えるだろう。

MKRの役割は大きく2つある。ひとつはユーティリティ・トークンとして、もうひとつはガバナンス・トークンとしての役割だ。前者としてのMKRは、CDPでDAIが生成される際などに必要な手数料の支払いに使われる。Makerの手数料支払いに使えるのはMKRのみで、MKRはMakerを駆動させるための燃料と見立てることができる。後者としてのMKRは、分散自治組織(Decentralized Autonomous Organization)であるMakerの運営の根幹に関わる各種のリスク・マネジメントに参加するための投票権だ。MKR保有者は、例えばDAIを生成する際の担保化比率といった重要なパラメーターを決定する執行機関の有権者だ。

上述したCDPに預託されるEtherはMKR保有者に帰属するものだ。これがDAIの生成リソースになっている。担保となっているEtherの価値が上昇した場合、それに応じてDAIを追加生成することができる。また、Etherの価値が下落した場合でも、一定水準以上を保っている限り、特に大きな問題は生じない。Etherの価値が一定水準を割り込むと、Etherの価値と返還されるべきDAIの量が釣り合わなくなる前に、上述のとおり、担保となっていたEtherを市場でオークションにかけて十分な金額を取り戻せる価格で売却し、自動弁済が行われる。

MKR保有者がMakerを首尾よく統治している限り、CDPは常に担保余力がある状態で、債務超過となってMaker全体が破綻するような恐れはない。しかし、Etherの価格暴落といった不測の事態が発生することはないとは言えないため、担保余力が毀損される可能性を想定しなければならない。

具体的に問題となるのはEtherの対米ドル・レートが自律回復できないほどの勢いで急落するなどのケースで、このようなときにこそMKR保有者がリスクを負うことになる。MKRはMakerの最終防衛ラインだ。MKRがラスト・リゾートとして果たす機能は、強制的なMKRの希釈化を通じた資本再構成だ。この機能が発動されると、MKRが自動的に新規発行され、それが市場で売却される。そうすることで、MKRの売却益が毀損された分の価値を補填し、債務超過状態から脱するというわけだ。つまり、MKRは資本再構成のためのリソースでもある。Makerを統治する権利を持つMKR保有者は、同時に責任も負う。というのも、Makerがうまく運営できずに資本再構成が実行されることになれば、自らが保有しているMKRの価値が希釈されることになるからだ。

このように、MakerはMKRとDAIという2種類のトークンを組み合わせることにより、秩序正しく通貨の3大機能を実現しようとしている。

まとめ

この先、Makerが分散自治組織としてうまく運営され、設計通りにDAIが安定通貨であり続けられるかどうかは分からない。実際、Basisという別のブロックチェーン・プロジェクトでは、Makerとは異なる仕組みで米ドルにペッグする暗号通貨が発行されようとしている。

しかし、仕組みがどのようなものであれ、ブロックチェーンをベースとしてトラストレスな安定通貨が流通する可能性が出てきていることは、破壊的なイノベーションにとって大きな一歩だと言えるだろう。トラストレスな安定通貨が普及すれば、究極の金融革命につながるだけでなく、人類の生活や社会全体のあり方に及ぶ影響の大きさは計り知れない。その際、その役割を担うのがDAIであるかどうかということよりも、新たなテクノロジーが既存のシステムに取って代わるということが重要だ。暗号通貨は通貨の3大機能を充足できないというのがほぼ定説となっている中、それを覆すようなプロジェクトは、まだ発揮し切れていないブロックチェーンのポテンシャルを解放し、極めて大きなインパクトをもたらす新発明になる。近い将来にそれが実現するかもしれないと考えると、この分野からはますます目が離せない。

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